キラキラの罪を描いた道徳劇~RSC『フォースタス博士』

 RSC『フォースタス博士』を見てきた。クリストファー・マーロウの有名作で、知識を得て願いをかなえるために悪魔と契約したフォースタス博士の地獄落ちまでを描く芝居である。演出はMaria Aberg(「マリア・エイバーグ」か「マライア・エイバーグ」か、ことによると「アベルク」とかかもしれないので発音は自信なし)、フォースタスとメフィストフェレスダブルキャストで交替するのだが、私が見た回はフォースタスがサンディ・グリアソン、メフィストフェレスがオリヴァー・ライアンだった。

 何もないところに段ボール箱が散乱しているだけのセットに魔方陣みたいな魔法の輪を書いたり、奥にある紙の扉を破ると後ろのステージも使えるようになったり、わりと空間をフレキシブルに使っている感じの美術だった。ラフで現代風の格好のフォースタスはいかにもだらしないギークという感じで、それほど年もとっていないし、学者としてはちょっとモダンな類型に入ると思う(シリコンバレーあたりにいてもおかしくない)。魔法の輪を作る時に舞台で実際に火をたいたり、血で署名する時にかなりダラダラ出血したりするあたりがなかなか見た目に危険で、知を求めてやけっぱちになっているフォースタスの精神をよく表している。ヴィジュアル的には照明の使い方や「七つの大罪」の衣装などがかなり奇抜である。この手の道徳劇的な作品を再演する時は、初演時の宗教的コンテクストが共有されていないのでなかなか観客に自分のこととして物語を考えてもらうための工夫が難しいと思うのだが、視覚効果の点ではかなりよくやっている。セクシーな女性のルシファーに、ドラァグクイーンの「淫欲」やらゴス娘っぽい「憤怒」などの七つの大罪が出てきて歌い踊る場面は退廃的でキャバレーショーのようだ。罪が恐ろしさの中に何かキラキラした魅力を持ったものとして提示されている。

 全体的にはテンポが良く視覚的にも斬新で、また知の危険な魅力に惹かれる人間の心境を面白く見せていたと思うのだが、いくつか不満な演出があった。まず、トロイのヘレンを呼び出したフォースタスがヘレンと性的関係を持とうとするこの芝居屈指のショッキングな場面では、ヘレン役をティーンの乙女にしてものすごくペドフィリアっぽい演出をしている。以前話題になったシャイア・ラブーフとマディ・ジーグラーが主演したシーアの"Elastic Heart"のビデオにちょっと似ていると思うのだが、それよりさらにペドフィリアっぽさが強く出ており、しかもあまり直接的に描かず抽象的に処理しているので余計危険な感じがする。この演出は賛否あると思うが、「研究者=少女愛」っていうのはルイス・キャロル以来のある程度ステレオタイプな表現でもあるし、さらに子どもの純粋さを求めて性暴力に…みたいに見える演出は、学問と欲望についての演出としてはちょっとどうなのかなーと思った。一番不満なのは最後の演出で、フォースタスの地獄落ちがちゃんと視覚的に演出されない。奈落に落とすだけでけっこうオチとしてははっきりすると思うのだが、それすらなく、メフィストフェレスが合図するだけで終わりである。派手な地獄落ちがこの芝居の見せ所のひとつだと思うのでこれはちょっと肩すかしの感があったのと、あとこの演出ではメフィストフェレスがフォースタスの想像のお友達みたいに見えてしまうので、ちょっと全体が閉塞的になってしまう印象を受ける。フォースタスとメフィストフェレスのある種の共犯関係を描くことで、この芝居全体に横溢する、たとえ地獄落ちになっても知はそれを求めるだけの危険な魅力があるというテーマを強調したかったのかもしれないが、うまくいっているか少々疑問だ。