ビリー・パイパーはいいが、それ以外は全然ダメ~ヤング・ヴィック『イェルマ』

 ヤング・ヴィックで『イェルマ』を見てきた。ガルシア・ロルカの有名作の翻案で、サイモン・ストーン演出、イェルマ役はビリー・パイパーである。

 『イェルマ』は前に一度見たことがあって、そのときも演出のせいでつまらなくなっていると思ったのだが、このプロダクションはそれ以下のひどさだった。『イェルマ』はアンダルシアの田舎を舞台に、子どもが欲しいのにできない女性が夫を殺してしまうまでを、人間と自然、人間と社会の関わりを通して描く芝居である。ところがこのストーン版の『イェルマ』は完全に別物で、ロルカの設定はほとんど影も形もなく、不妊に悩む女性がヒロインという以外共通点が無い。

 この『イェルマ』は現代のイギリスが舞台で、ジャーナリストでブロガーである女性、イェルマが主人公である。イェルマは子どもが欲しいのだがなかなかできず、不妊治療を試すがそのせいで破産に危機に陥り、狂気に陥っていく。この過程に全く説得力が無く、原典のロルカではきちんとつけてあった社会的圧力や自然の豊穣との対比といた筋道がほとんど見受けられない(イェルマが木を植えるところがあるが、あんなんおためごかしだろう)。イェルマは職業を持ち、自立した女性で、その気になれば養子もとれるのに、なんで子どもを生むのが女性の幸せと思いこむようになって狂っていくのか私には全く理解できないし、このあたりの展開にはむしろ原作のロルカには無かったたちの悪いミソジニーを感じる。

 ロルカの原作は詩的で象徴的なところがあるので、劇的な展開も詩の力でねじ伏せられるところがあると思うのだが、このプロダクションはリアリズムタッチで詩的な要素を排除しているので、余計展開の強引さが際立っていると思った。変わったセットを採用しており、セットが長方形の透明なガラスの箱になっていて、観客は箱の両側に座ってガラス越しに演技を見るようになる。けっこう狭い箱の中でリアルな演技が繰り広げられ、最後はガラスがいろんなもので汚れたりする。この箱を見るという客席の設置方法がいささか動物園のようで、そのせいで全体としては狂っていく女性を動物見物みたいに見て楽しむだけの内容の無い芝居になっているように思った。

 ただ、ビリー・パイパーのハイテンションな熱演だけは素晴らしい。こんなひどい芝居でもビリーが頑張っているから見られるようなものである。