楽しい芝居〜ナショナル・シアター『三文オペラ』

ナショナル・シアターでサイモン・スティーヴンズ翻案、ルーファス・ノリス演出、ローリー・キニア主演の『三文オペラ』を見てきた。言わずと知れたベルトルト・ブレヒト&クルト・ヴァイルの有名作である。あらすじは以前日本での上演をレビューした時のこちらのエントリを参照。

 まず、回転や奈落をうまく使ったごちゃごちゃして高さのあるセットがいい。紙で仕切りを作ってあるのだが、その仕切り方が非常にカオスな感じだ。さらに役者がその仕切りを破って登場するというような入退場が行われ、入り口と出口がきちんとして無いむちゃくちゃな世界がよく表されている。
 演出の面白いところとしては、マックがバイセクシュアルだというのがある。警視総監のタイガー・ブラウンは明らかにマックの元彼で、「大砲の歌」のところではマックにまだ未練があるのか思わせぶりにマックに触って抱きつくなどの仕草をしてみせる。さらに原作にはないピンクの封筒という小道具が登場し、どうもマックが「さる高貴な方」(次期国王)のヤバい秘密を握っていて脅迫をしているということがにおわされているのだが、最後にマックが自分を釈放してくれた「さる高貴な方」に情熱的にキスして終わりになる(これ、ちょっと『シャーロック』の「ベルグレーヴィアの醜聞」に似た展開なので、影響があるかもと思ってしまった)。これにより、原作にあるとにかく人生は不条理だという後味は少なくなったが、芝居全体としてはかなり理屈がきちんと通るようになったとは思う。一方でマックとポリーが新婚初夜で激しくセックスしながらお月様の吊り物にのって上から降りてくるというケッサクな演出があったり、マックが女性にモテるということも原作通りに示されている。さらにピーチャム夫妻もかなり色っぽい中年男女に設定されており、娼婦たちはキャバレーみたいな素っ頓狂でセクシーな面白い衣装を着ているし、わりと色気のある演出だ。
 主人公のマックを演じるローリー・キニアは演技力もカリスマも歌のうまさも申し分なく、とくに歌はもっと聴いていたいと思わせるくらいうまい。ただ全体的にかなり性的側面を強調した演出であるわりにはセクシーさが無い。これだけお色気全開の演出なので、そこだけが残念である。全体的に、キニアマックは人をたらしこむ色事師的な悪党というよりは辛辣でひねたものの味方をするイギリス男のワルといった感じである。ロザリー・クレイグ演じるポリーはメガネっ子で知的な感じなのだがちょっと存在感は弱く、ただものすごく歌が上手いのでおそらく声で選んだキャスティングだと思われる。ポリーとマックを争うルーシーはかなりセクシーでタフな女性になっており、ポリーと対照的だ。
 全体的にテンポが良く、お客を飽きさせない演出で最初から最後まですごく面白かったのだが、ただ『三文オペラ』がこういうシンプルに楽しい芝居でいいのかなという気はする。このプロダクションでも、警察の腐敗やら色と欲に目のない道理の通らぬ権力構造やらに対するあてこすりはもちろんあるのだが、ショーとしてまとまりが良すぎ、もとの台本にある荒削りで怒りに満ちた諷刺、哲学的な魅力には欠けるような気がした。