ポスト911お化け退治~『ゴーストバスターズ』(ネタバレあり)

 『ゴーストバスターズ』を見てきた。

 昔書いたお化けについての論文のせいでコロンビア大学テニュア審査に落ちてしまった物理学者エリン(クリステン・ウィグ)は、かつての友人で今でも超心理学を研究しているアビー(メリッサ・マッカーシー)、アビーの研究室スタフでマッドなエンジニアのホルツマン(ケイト・マッキノン)と幽霊の研究所を立ち上げる。地下鉄の職員だったパティ(レスリー・ジョーンズ)も加わり、4人でゴーストバスターズとして幽霊退治をはじめる。ところが当局は幽霊を隠蔽したがる一方、オカルトオタクのローワン(ニール・ケイシー)は幽霊をニューヨーク中に放つ陰謀を企んでいた…

 実はこの映画を見る直前に旧作2本を続けて見たのだが、ずいぶん80年代だなという印象を持った。今見ても面白いところもあるし(とくに第一作)、おそらく当時は最先端で今だと半端にレトロな特撮になかなか味わいがあるのは良いのだが、ビル・マーリィはたぶん2010年代だとけっこう不愉快な人キャラだろうとか、ギャグにゆるいところや今だとむしろ寒いところが多数あるとか、ちょっと時代を感じさせるところも多い。一番「あ、80年代」と思ったのは、ゴーストバスターズが幽霊に襲撃されたニューヨークのランドマークで戦う際、まわりにニューヨーク市民が野次馬として集まってきて逐一見守っており、最後は喝采するというところである。これ、911で本当にランドマークが破壊されてしまった後ではコメディであってものんきすぎてあり得ない描写だと思う。『アベンジャーズ』みたいなヒーロー映画でもニューヨークが襲撃された時はまず市民に避難をさせるのがヒーローの仕事…みたいになってきているし(これに失敗するとヒーローの威信がガタ落ちだ)、この描写はもう使えないだろうなーと思った。

 そこで本編を見たところ、クライマックスで襲撃されるメルカド・ホテルは実際にはニューヨークに無い建築物だそうで、実在のランドマークに近いものが襲撃されるという描写は避けている(前二作では、名前は変えていても実際の建物でロケをしているらしい)。エリンが市民を避難させるよう市長に掛け合うところがあり、ゴーストバスターズがちゃんと市民の安全に気を遣っていることが暗示される一方、決戦の場には市民はいなくて警察や当局の人間だけだ。しかもゴーストバスターズの幽霊退治の業績は当局により市民から秘密にされてしまう…にもかかわらず、鋭敏なニューヨーク市民は最後、ビルの灯りでゴーストバスターズに応援メッセージを送ってくれるという粋なことをするという展開になっている。劇場でのお化け退治を市民がスマホで拡散する展開とかも含めて、かなりポスト911の市街戦という感じがする撮り方になっている。

 映画自体はいろいろ詰めの甘いところもたくさんあると思う。まず悪いところをあげると、とりあえずたまにギャグがゆるくて滑っているところがある。ハイス博士は登場の仕方はいいのに退場がちょっと尻すぼみ…というか吹っ飛んでしまっただけで終わってあっけなすぎるので、最後にギプスだらけのビル・マーリィが出てきて渋々ゴーストバスターズを認めるくらいのオチが欲しかった気がする。カバー版の「ゴーストバスターズ」の歌がなんかちょっとダサくて、あれなら原曲のほうがよかった。あと、アフリカンのレスリー・ジョーンズだけ科学者じゃなくて土地勘のある地下鉄職員っていうのにちょっと人種的ステレオタイプの風味があるし、さらにジョーンズ(出演したせいで差別主義者どもにひどい嫌がらせをされた)の生き生きした個性を生かし切れていない感じがあり、むしろメリッサ・マッカーシーのほうがああいうタフな土地勘勝負の女性の役に似合ってるんじゃないかと思うところもあった。

 しかしながらエリンとアビーが壊れてしまった友情を回復していく物語はもちろん、とにかくマッドなエンジニアで戦闘シーンでとんでもない見せ場を繰り出すホルツマンがなんだかよくわからないけど異常にカッコいいし(なぜあれでカッコよくなるかは謎だ…)、悪魔に取り憑かれたアビーやケヴィンを救うため必死の突撃をするパティも少ないとはいえ見せ場があり、4人の女性の連帯と活躍が非常に爽快なので、いろいろツッコミたいところを忘れて楽しめる映画だった。科学や技術に従事する女性たちを非常にポジティヴに描いているところが大変良い。ベクデル・テストはもちろんパスするし、4人とも欠点はたくさんあるがタフで有能な女性たちであり、一面的に描かれていない。さらに恋愛でしめっぽくなったりもせず、カラっとしている。

 メインの男性キャラクターとしてはクリス・ヘムズワースがとんでもないおバカちゃんのイケメン受付係ケヴィンを演じており、ヴィジュアル的な見せ場はケヴィンとホルツマンが持ってってる感じである。よくある「おバカなブロンドの美人秘書」をひっくり返したようなキャラで(クリヘムは自分のイケメンぶりを熟知しているので明らかに意識的にやってる)、うっとりするようなイケメンだが電話の応対もまともにできない。クリヘムはブロンドではないのだが、前作前の『ゴーストバスターズ2』で、悪役である男性のヴィトにヴェンクマンが「お前は今まで見た中で最低のブロンドバカだ」みたいな台詞を言うので、それが頭にあったのかもしれない。私はああいうずーっとおバカで人を困らせまくっているだけの役というのは男性でも女性でもあまり好きではないのだが、ケヴィンがローワンの邪悪な霊に憑依されて調子にのって暴力をふるう場面で、最近アメリカを騒がせてるアホでハンサムでマッチョな白人男性たちをちょっと思い出してしまったので、これはこれでスタッフ流の悪意の表現なのかもとか深読みしてしまった(『ゴーストバスターズ』のクリエイターみたいな連中は、高校や大学でローワンに憑依されたケヴィンみたいな感じの奴らにいじめられていたのかもしれない)。ただ、ケヴィンは全然いいところなし、憑依されて悪事をするだけのバカで終わるというわけではなく、基本的に善良で自分もゴーストバスターズの仲間として精一杯(めちゃくちゃ間違った方向だが)頑張っており、最後にゴーストバスターズの面々がケヴィンを助けようと必死になるあたりはなかなかいい落とし方だと思った。

 なお、余談だが、冒頭でエリンがテニュアを得ようとして必死に昔書いたお化けの本を隠そうとするところはリアルだった。あそこまではいかないだろうが(そしてエリンの場合はお化けの研究も実はまともなものだったことが後で判明するわけだが)、研究者なら皆、院生の時とかに書いた人に見せたくないダメ論文が一本や二本はある!またけっこう他の研究者描写もリアルで、ゴーストバスターズが当局に名誉を奪われてもとりあえず研究が続けられればいいやと思ってしまうあたりとかはいかにも学者らしい態度だと思った。そして私はアビーが働いていたあのすっごい規律が緩い大学で働きたい…上層部も知らないのになんか予算が来てたとか一体どこの天国…