変人教員一世一代の学内政治〜『奇蹟がくれた数式』

 マシュー・ブラウン監督『奇蹟がくれた数式』を見た。インドからケンブリッジに渡った有名な数学者らマヌジャンと、その指導教員だったG・H・ハーディに関する伝記映画である。

 話自体はマドラスに家族を置いて単身ケンブリッジに渡ったラマヌジャン(デーヴ・パテール)が、型破りな天才ぶりとインド人に対する差別のせいで酷い扱いを受け、また食べ物や気候のせいで体も壊してしまうというかなり悲惨なストーリーである。ただ、そんな中でも必死に数学研究を進めようとするラマヌジャンと、それに感化されたハーディ(ジェレミー・アイアンズ)の交流が丁寧に描かれているので、地味で暗い話ではあるが、上品で後味も悪くないようにまとめられている。

 面白いのは、天才で変人イメージのラマヌジャンよりもハーディのほうがはるかに変人であるところだ。ラマヌジャンは若くて愛嬌のあるパテールが演じているし、また故郷に残してきた妻ジャナキとの微妙な関係が描かれているところもあり、そんなにもの凄い人間嫌いという感じではない。ジャナキとはおそらく見合いかなんかで結婚していてそんなにお似合いの夫婦というわけではないのだが、ラマヌジャンには不器用であんまりうまくはいかないながらも妻を大事にしようという気持ちはある。ケンブリッジに行ってからはラマヌジャンは大変苦労するのだが、若くて世間慣れしてない留学生だし、人種差別はひどいし、ヒンドゥー教徒菜食主義者なのにコレッジでは肉(しかも不味そう)しか出てこないし、イングランドの気候は悪いし、ナマギリ女神を信仰している敬虔な信徒なのにお祈りに行く神殿はないし、天才的な発想を証明の型にあわせるのが難しいため研究はなかなか進まないし、人付き合いが悪くなるのも当たり前という雰囲気だ。

 一方でハーディは学者によくいる極めて人付き合いの悪いタイプで、社会生活自体に疎いし他人の気持ちなんか当然わからず、学内政治は一切できない。友達は共同研究者で人格者であるリトルウッド(トビー・ジョーンズ)や有名な哲学者のバートランド・ラッセル(ジェレミー・ノーザム)みたいな飛び抜けて賢い研究仲間だけで、変人揃いの大学でもあまり好かれてないらしい。当然、ラマヌジャンの悩みなんかも全然わからないわけだが、終盤でラマヌジャンが病気になると今までの人の気持ちに無関心な態度を反省し、これは愛弟子のために人肌脱いでやらねば…と一念発起し、一世一代の学内政治に乗り出す。最初の学内政治は根回しゼロだったため大失敗するが、二度目は人望のありそうなリトルウッドを引っ張り出し、ひどく気むずかしいが学者らしく精密な研究を尊ぶマクマホンは業績で説得し、ラマヌジャンをなんとかフェローにする。この交渉力ゼロのハーディが学内政治を頑張るところはなかなか見ててハラハラする。本職の数学者を考証のために呼んでいるらしいのだが、全体的に研究とか大学の描き方にはかなりのリアリティがあると思った。

 なお、この映画はベクデル・テストはパスしない。ジャナキとラマヌジャンの母が話すところはあるのだが、ほぼラマヌジャンの話である。他には数人の看護師くらいしか出てくる女性がいない。