信頼できない復讐者〜『手紙は憶えている』(ネタバレあり)

 アトム・エゴヤン監督の新作『手紙は憶えている』を見た。
 90歳になる老人ゼヴ(クリストファー・プラマー)を主人公にしたナチスリベンジ映画である。老人ホームに住んでいて認知症が進んでおり、最愛の妻ルースが二週間ほど前に亡くなったことすら憶えておけない(とくに眠って起きた後に忘れてしまう)。こんなゼヴはアウシュヴィッツの生き残りで、妻亡き後にはアウシュヴィッツで自分たちの家族を殺した収容所ブロック長、オットーを探して暗殺すると決意していた。オットーはルディ・コランダーという名前でアメリカに渡ったという情報があり、この名前を持った候補者が北米に4名いる。今は病気で車いすを離れられなくなった元ナチハンター、マックスの指示で、手順を書いた手紙を持ち歩きつつ、北米中を移動するゼヴだが…

 記憶力が曖昧で昨日のことも満足に思い出せないゼヴは典型的な「信頼できない語り手」なのだが、ちょっと信頼できなすぎなのでお客のほうもそれ相応に身構えて見るので、正直話の展開は読める(ネタバレになって恐縮だが、ジョン・コランダーを殺すところの動きがちょっと素人にしては鋭すぎて「あれ?」と思い、私はその後のどんでん返しはけっこう予想できた)。とはいえ、ある程度予想ができてもけっこう重い終わり方ではあった。

 話の展開はけっこう強引で、さすがにそんなにうまくはいかないだろうとか、いくらなんでもマックスは何でも手配できすぎじゃないかとか(さぞかし凄腕のナチハンターだったんだろうが)、かなりツッコミどころが多い。しかしながらゼヴ役のクリストファー・プラマーの演技があまりにも素晴らしいので、見ているうちはそんなに気にならないし、かなりスリリングだ。病気のせいでぼうっとしている中でも、ピアノの前に座るとひらめいたかのように鋭くなる様子とか、だんだんナチス捜索で元気を出して行く様子とか、頭で憶えていられなかったことをどういうわけか体が覚えているというような描写の演技がとても繊細だ。また、ゼヴは眠りから覚めると常に「ルース?」と妻を探すのだがどうも妻への愛によってつらい過去を押し隠していた気配があり、そのあたりの描写も芸が細かい。
 
 なお、この作品はベクデル・テストはパスしない。女性同士の会話は最後の母娘の会話くらいで、この場面ではゼヴが会話に入っていると言える。