去勢と生む機械〜『ドント・ブリーズ』(ネタバレあり)

 TOHOシネマズフリーパスで『ドント・ブリーズ』を見てきた。

 デトロイトで目の見えない老人(スティーヴン・ラング)の家に押し入って金を盗もうとした3人の若者、ロッキー(ジェーン・レヴィ)、アレックス(ディラン・ミネット)、マニー(ダニエル・ゾヴァット)が老人に逆襲されるというシンプルな話である。後半にもうひとひねりあって、住居侵入スリラーから監禁ホラーになる。

 最初はワントリックで最後まで保つのかと思ったら(もともと私は住居侵入スリラーがあまり好きでは無いのでそのせいでそう思ったのかもしれないが)、途中でいくつもひねりがあってよくできた映画だと思ったが、後半で「死んだと思ったら生きていました」という展開が2回もあるのは強引すぎてちょっとついていけなかった。ひどいネタバレになるが、とくに最後、老人が「侵入されて逆襲し、重症を負ったが生きていました」というふうに報道されているところは続編に色気を出しているのが見え見えで辟易した。普通、あんな状態なら警察が怪しいと思わないか…?

 これが途中からホラー映画になるのは、老人が単なる可哀想なおじいさんではなく、実は娘を車でひき殺した女性を監禁し、自分の子どもを産ませようとしていたという展開があるからである。この女性が家屋侵入のどさくさにまぎれて死んでしまったため、老人はつかまえたロッキーに料理用チューブ(ローストとか作ってる時に肉にソースをかけるやつ)で自分の精液を注入して妊娠させようとする。ここで老人が「自分はレイプ犯ではない」と言うのだが、そんなわけはなくて明らかな強姦である。老人は前に捕まえていた女性やロッキーのことを完全に生む機械だと思っていて、挿入による性交を行うわけではないから自分は強姦者ではないと思っているようだ。しかしながらこの映画ではこの女性に対する「生む機械」扱いを何か深く描く気は全くないようで、最初の被害者である女性は何も言わないまま死んでしまうし、ロッキーは死んだと思っていたアレックスに土壇場で助けてもらうという全く古典的な美姫救出物語になってしまう。ロッキーの名前が中性的であるあたり、ロッキーは典型的なファイナル・ガールだ。見た目はショッキングだが、性暴力の扱い方については代わり映えのしない作品だと思う。

 さらにちょっと気になったのが、失明とセクシュアリティの描き方である。伝統的に男性が視力を失うというのは文学において家父長としての権限を失うことに重ねあわされる(典型例が『ジェーン・エア』のロチェスターと『リア王』のグロスター)。この映画において老人が肉体的挿入ではなく料理用チューブでロッキーを妊娠させようとするところには、失明と象徴的な去勢(老人は子どもが欲しいからロッキーを妊娠させようとしており、性欲も、通常のアプローチで再び子どもを作ろうというコミュニケーション欲も無い)を重ねるイメージがあるように思う。この、目が見えなくなることと性欲がなくなって歪んだ形の権力欲が発言することをオーバーラップさせるみたいな表現はちょっとどうなのかなと思った。セクシュアリティの描き方としても、障害の描き方としてもちょっと短絡的ではないか?

 なお、この映画はロッキーと妹の会話でベクデル・テストはパスする。ロッキーと妹の会話はなかなかよく書けてると思った。