歴史叙述の罠〜『スノーデン』

 最近しょうもないことばっかり言って株を下げているオリバー・ストーン監督の最新作『スノーデン』を見てきた。

 実話ベースの作品で、エドワード・スノーデンがCIAやNSAアメリカ国民を含めた多数の人々の個人情報を勝手に収集していたことを報道機関に暴露するまでを、時系列を組み替えながら描いたものである。スノーデンが2013年に香港で報道機関の人々に接触するところからはじまり、そこから2004年に戻って、事故で軍人になれなかったスノーデンが情報機関を目指し、才能ゆえに出世するがだんだんアメリカの不当な諜報活動に疑問を感じて…という経過を描いていく。

 スノーデンを演じるジョゼフ・ゴードン=レヴィットが役柄にピッタリで、まあ当たり役である。大変才能のあるギークハッカーである一方、感じが良いふつうの悩める青年でもあり、ジョゼフの芝居を見ているだけで最後まで面白い。普通ならちょっとカチンときそうな振る舞いでもジョゼフがやると愛嬌があるのでなんか気の毒に見えるというところもある。スノーデンは最初はアイン・ランドとかを読んでいて保守的なところがあるのだが、だんだん政府に幻滅して…という心理もよくわかるようになっている(とはいえ、映画を見たかぎりではどっちかというとリベラルじゃなく正義感の強いリバタリアンになってるんじゃないかっていう気もしたのだが)。人に聞かれたくない話を同僚と手話でするとかいう小ネタも可愛らしい。スノーデンが頼りにする報道陣としてはガーディアンのグレン(ザカリー・クイント)、イーウェン(トム・ウィルキンソン)、ドキュメンタリー製作者のローラ(メリッサ・レオ)の3人が出てくるのだが、皆いかにも責任感のあるジャーナリストたちという感じで、演技も手堅い。スノーデンの師匠ハンクをニコラス・ケイジが、ボスをリス・エヴァンスが演じており、このあたりもベテランでしっかり押さえている。

 一方でスノーデンのガールフレンドであるリンジー(シャイリーン・ウッドリー)の描き方はすっごく薄い。ベクデル・テストは全くパスせず、スノーデンとの関係以外全く何もない女性である。だいたい、最初はギーク専門のデートサイトでスノーデンと出会ってIP追跡とかしてたくせにその後はほとんどコンピュータに興味なさそうな描き方になっており、アマチュア写真家をやってたと思ったらポールダンスを教え始めたり、就労ビザなしでスノーデンについて日本に来たり、いったいどういう人なのか全くわからない。スノーデンが何をしても結局許してしまうところもずいぶんご都合主義に見える(ジョゼフが気の毒そうな顔だから皆騙されちゃうけど、リンジーにたいしてやってることはけっこう問題あると思う)。また、リンジーはスノーデンよりずっとリベラルなのだが、スノーデンはどうも彼女の政治的影響よりは自分の良心と知性のせいで告発を決意したみたいに見える。ある程度実話に基づいているので仕方ないのかもしれないが、本当にただいるだけのガールフレンドという役どころである。

 あと、この映画については1つ個人的な意見としてどうしても受け入れられなかったことがあった。それは最後、クレジットの前に本物のスノーデンが出演しているということである。ジョゼフ演じる映画のスノーデン(ロシアから出られない)が遠隔通話で海外のトークイベントに出ていて、イベント会場とジョゼフ/スノーデンの家がカットで入れ替わり、何度目かで本当のスノーデンが家に座って通話してるところになる…という、ジョゼフ演じるフィクションのスノーデンとスノーデン本人がシームレスにつながる演出だ。これは映画の歴史叙述としては反則だと思う。この映画は全体的にスパイスリラーみたいな作りで、最初はいきなり香港で身の危険を感じているスノーデンを見せて観客をスリラーの世界に引きずり込んだ後、すぐにスノーデンの過去を見せることでさらに物語を迅速に展開させている。さらにデータ持ち出しのくだりとかは相当ドラマチックに脚色してあると思われる。ところがこのいかにも面白くスパイスリラー風に脚色してあるお話が、最後「本人」登場によってすごくナイーヴに現実につなげられてしまうところは非常に居心地が悪いというか、フィクション内での歴史と現実に起こったことがあたかも同じであるかのような雰囲気を創り出していてなんか不誠実、やりすぎだと思う。話が終わってクレジットの時にやるとか、別にビデオを用意するとかならともかく、この映画の演出では本当に虚構と現実が臆面も無くつなげられてしまっている。もともとちょっとオリヴァー・ストーンの歴史叙述ってやりすぎ感があるのだが、この映画では途中まではけっこう抑え気味でほう…と思っていたところ、最後の最後でこれなのであっけにとられた。