サイケデリック深海、リサーチ、そして全ロック様が泣いた〜『モアナと伝説の海』

 ディズニーアニメ『モアナと伝説の海』を見てきた。

 舞台は神話の時代の南太平洋の島、モトゥヌイ(2000年くらい前らしい)。1000年も前に半神半人の英雄マウイが偉大な女神テ・フィティから心(キラキラ光る螺旋の石のようなもの)を盗んだせいで滅びが近づきはじめる。モトゥヌイの村長の娘でやがては村を継ぐ立場にある少女モアナは海に憧れていたが、心配性の父に島を離れることを禁止されていた。しかしながらどういうわけだかテ・フィティの心がモアナの手に渡ったことにより、モアナは海に選ばれた者としてテ・フィティの心を元の場所に返す旅に出ることになる。モアナはまずマウイを探すが…

 ヒロインのモアナがとにかく生き生きと描かれており、わくわくするような冒険に要所要所でうまく盛り上げる歌が絡んで、非常に楽しい映画になっている。どう見ても『マッドマックス 怒りのデス・ロード』のオマージュであるココナッツ海賊カカモラとの戦いなどは笑ってしまう(しかし『ズートピア』でも『ゴッドファーザー』とか『ブレイキング・バッド』とかへのオマージュがあったし、最近のディズニーのクリエイターの趣味なのだろうか)。女の子の成長をとてもポジティブに描いており、モアナはそもそも将来、村長になるのを見越して父からさまざまな教えを受けているという設定で、最初から性差別が少なく、子どもたちの能力をのばすことに積極的な環境で育てられた。しかしながらそんな環境でもモアナは世界の危機を救うために島を出て冒険をするということで、責任感も冒険心をふんだんに持ち合わせた少女として描かれている。まだ十代の少女なので未成熟なところもあるのだが、大好きなおばあちゃん(おばあちゃんとの会話でたぶんベクデル・テストはパスする)の教えを受けたり、マウイに航海技術を習ったりしながら危機を乗り越えていくことで精神的にも成長していく。一方で1000年も岩の孤島に閉じ込められて腐っていたマウイも、モアナと一緒に冒険をすることで成長していく。

 全体として絵がとても綺麗で、晴れた日の海の水なんかは凄くリアルな質感や色で描かれている。一方で深海の描写がえらくサイケデリックで、ところどころ60〜70年代の実験映画かなんかかと思うようなけばけばしい光の描写が大変個性的だと思った。おばあちゃんの化身であるエイがキラキラ光る様子などはリアルな描写とサイケデリックな描写の中間という感じで、あまりわざとらしくならないように神秘的な雰囲気を出している(ちなみにどうもこの世界観ではエイは食用ではないらしい)。マウイの体に彫られた魔法の入れ墨が動くところも見所のひとつである。この入れ墨の細かい動きはセルアニメで作られたそうで、マウイの体全体で動く入れ墨によるショーが繰り広げられる。

 『モアナと伝説の海』を作るにあたり、監督のロン・クレメンツとジョン・マスカーをはじめとするスタッフは太平洋の島々に関する相当な調査をしたそうで、歴史家や言語学者、文化人類学者など各分野の研究者や、地元に住んでいて釣りの技術とかダンスなどいろんな伝統に詳しい人々をそろえたオーシャニック・ストーリー・トラストというチームを作り、全面的に考証をバックアップしてもらったらしい(『ズートピア』の時もそうだったが、まったくため息の出るようなお金と才能の使い方である)。作中に描かれている、ポリネシアの人々が長期にわたって大規模な航海による移民をしなくなった時期というのは実際に存在する研究仮説に基づいているそうで、本当に南太平洋地域の人々が海に出て行かなくなった時期があったと推定されているらしい。メインのスタッフとしては、脚本の段階ではニュージーランドマオリの子孫で『ソー:ラグナログ』の監督であるタイカ・ワイティティが関わっており、サモア系のロック様ことドウェイン・ジョンソンがマウイの声をあてている。今までのインチキな感じで偏見に満ちた南太平洋ものに比べると圧倒的にきちんとしたリサーチに基づいていて南太平洋の観客からも受けは悪くないらしいのだが、それでも批判がないわけではなく、まず映画の内容以前にハロウィーンのコスチュームについて問題が起こったし、南太平洋の生活を美化しすぎているとか、広い地域の文化を混ぜて改変しすぎているとか、本来は若々しい男性である神話のマウイ(マウイはポリネシア地域の神話に広く存在するキャラクターらしい)が太りすぎて滑稽だとかいうような批判があったようだ。
 マウイは神話のキャラクター分類では「トリックスター」に分類される人物で(映画でも最初におばあちゃんがそう言ってた)、トリックスターというのはいたずらばかりしていて世の中を良い方にも悪い方にも変え得る人物である。プロメテウスやロキ(『ソー』にも登場!)などが典型で、いたずらをする以外に火とか穀物とか重要なものを策略を使って人間に与えることもある。トリックスターというのはけっこうな数の神話でちょっとおどけたキャラクターなのだが、ポリネシアのいくつかの伝統ではマウイはあそこまで面白おかしいキャラクターではないそうで、そこも批判の対象になっているらしい。ただ、マウイのキャラクター、とくに外見は声をあてたドウェイン・ジョンソンの祖父でサモアの族長の家系であり、プロレスのスターだったピーター・マイヴィア(Maiviaでサモアの人なので「マイヴィア」だと思うのだが、英語読みだとメイヴィア?)に似せてあるそうだ。完成した映画を見たロック様は泣いてしまったらしいのだが、「全米が泣いた」よりも「全ロック様が泣いた」のほうが宣伝文句としてはふさわしいと思う。