前半は『闇の奥』、後半は『白鯨』〜『キングコング:髑髏島の巨神』(ネタバレあり)

 『キングコング:髑髏島の巨神』を見てきた。実は私は今までキングコングの映画を一本も見たことが無く、この機会に見てみようと思って行ってきた。

 舞台はヴェトナム戦争終結時、アメリカの秘密調査期間「モナーク」は終戦のどさくさまぎれに未知の島髑髏島の調査を決行。モナークの科学者たちの他、アメリカ軍のパッカード大佐(サミュエル・L・ジャクソン)率いる部隊や元SASのイギリス人傭兵コンラッド(トム・ヒドルストン)、戦争写真家ウィーバー(ブリー・ラーソン)などで調査隊を作って島に入る。ところが島にはキングコングをはじめとして山ほど危険な動物が…調査隊は無事に生き延びられるのか?

 既に何度も指摘されていることだが、前半はジョゼフ・コンラッドの『闇の奥』で、キングコングに対して執着し理性を失うパッカードがメインになる後半はメルヴィル『白鯨』である。未知の土地に入っていって、現地人になじんで暮らしている男を見つける…という展開がソックリだし、メインキャラクターの一人が「コンラッド」、さらに「マーロウ」というキャラクターも出てくるあたり、原作へのオマージュもあからさまだ(ただ、マーロウは現地の人に気に入られているだけで崇拝されているわけではないようだ)。『闇の奥』といえば翻案『地獄の黙示録』が有名だが、有名な「朝のナパーム弾のにおいが大好きだ」にソックリな場面も出てくる。パッカードが死んでしまうところはエイハブ船長がモビー・ディックに海に引きずり込まれるところを思わせる。

 しかしながらこの映画、つまらないというわけではないのだが、全体的にろんなものを詰め込みすぎて何をしたいのかよくわからないところもある。なんかすごくあらゆるオタクが集まって好きなものを詰め込んだみたいな作品で、『闇の奥』『白鯨』みたいに文学オタク要素もあり、『地獄の黙示録』からいろんな怪獣映画、特撮映画(私は得意でない分野なので少ししかわからなかったが、それでもけっこうわかるくらいはある)までいろいろなオマージュが詰め込まれている。見ているぶんには面白いのだが、そのせいで結局何がしたいんだろう…というところもある。たとえば現地の人たちの描き方とかはいくらなんでも古すぎるだろうというような「高貴な野蛮人」で、なんか『闇の奥』や『地獄の黙示録』に出てくる怖い人たちと『モスラ』とかに出てくるような良い人たちを半端にまぜたような感じで、ちょっと「高貴な野蛮人」が出てきて終わりましたーみたいな感じでずいぶん尻切れトンボだ。明らかに偏ってるほうに振れてくれればまだやりたいことがわかるのだが、半端に過去作リスペクトをいっぱい詰め込んだせいでかえって古すぎてちょっと…というようなものになっていると思う。戦争の描き方とかもそうで、既に指摘されていたが戦争をどう描きたいのかよくわからない。これも、いろんな戦争映画のオマージュを詰め込みまくったせいでよくわからなくなっているのではと思う。

 なお、この作品はベクデル・テストはパスしない。ブリー・ラーソン演じる写真家ウィーバーと科学者のサン・リン博士(景甜)はほとんど会話しない。とくにサン・リン博士はなんかダイバーシティ要因で美人が出てきただけっていう感じで、ブルックス博士なんかとちょっと面白い会話をする以外にほぼ活躍するところが無い。全体的にこの映画ではあまり科学者は役に立たないようだ。