ダンスと演技以外は見る価値なし〜ロイ・フラーのなんちゃって伝記映画『ザ・ダンサー』

 『ザ・ダンサー』を見てきた。一応、モダンダンスの革新者だったロイ・フラーの伝記ということになっているのだが、ほとんど史実に基づいてはいない。ダンスと演技はいいと思うのだが、脚本や演出は全くダメで、つまらない映画である。


 まず、フラー(ソーコ)が有名なサーペンタインダンスを開発する背景として、もっと古い形の伝統的なスカートダンスがあることを全く描いていないので、フラーが急にサーペンタインダンスを開発したように見える。伝統舞踊や大衆演芸のバックグラウンドがきちんとある人がモダンダンスを開発したというふうに描いたほうがいいと思うのだが、この映画はそういうダンスの歴史と発展の面白さには全く興味がないみたいだ。隔絶されていた天才が突然ダンスを開発したみたいな考え方になっていると思うのだが、私にはこれはけっこうくだらないセンチメンタルな歴史観に見える。

 さらにひどいのはイサドラ・ダンカン(リリー・ローズ・デップ)がまるでフラーを踏み台にして出世するレズビアンの悪女みたいに描かれていることで、このあたりはひどいミソジニーと同性愛嫌悪を感じる(監督は女性なのだが、それはこの映画がものすごくミソジニー的で同性愛嫌悪的なことの言い訳には全くならない)。歴史的には、フラーとダンカンは個人的にはうまくいってなかったが芸術的には互いを評価していたらしいのだが、そういう芸術家同士の人情の機微などはのぞむべくもない。別に史実にない百合を持ち込みたいのならそれもいいのだが、問題はフラーとダンカンの間にセクシーな情熱がほとんど感じられないことで(役者の息が合ってないのでは?)、ダンカンの振る舞いは色気がないのでただの人格が分裂した人にしか見えない。さらに、個人的には百合にするならそっちじゃなくてフラーと献身的なマネージャーであるガブリエル(メラニー・ティエリー)のほうだろと思うので(この2人の会話はわりとちゃんと書けててベクデル・テストもパスする)、この展開は全く趣味にあわない上、不出来な百合をえんえんと見せられているみたいで実に不愉快であった。ほかにも展開上、フラーとルイ(ギャスパー・ウリエル)がセックスするタイミングとイサドラが誘惑してくるタイミングの組み合わせがおかしいだろとか、序盤でケイトがフラーのダンスを横取りする展開にもミソジニーがひどく感じられるとか、いろいろ脚本に問題はある。

 ダンスの再現はさすがに綺麗だし、無声映画の授業でもダンスの歴史の授業でも必ず見せられるサーペンタインダンスの映画(これを踊ってるのはフラーじゃなくフォロワーのアナベルだが)をよく再現している。ソーコの演技も悪くはないし、衣装とかは綺麗だ。ただ、ほかにはぜんぜん、見るべきところはない。