セクシーで親密なRSC『アントニーとクレオパトラ』

 RSCでイクバル・カーン演出『アントニーとクレオパトラ』を見てきた。『ジュリアス・シーザー』同様、階段など大きなセットを使っているが、奈落をたくさん使っているのもあり、あまり舞台と観客が遠いという印象は受けなかった。衣装は現代ふうだがちょっと時代がかかったオリエンタルなものも使われている。音楽などもけっこう凝ったものだ。
 
 クレオパトラ役のジョゼット・サイモンが非常に適役だ。いろいろな声を使い分けることができる女優で、話し方も表情もクルクル変わるので、セクシーで機知に富む「無限の多様性」が魅力のクレオパトラにふさわしい。アントニーの前では派手に恋人を振り回しつつ女王らしい威厳を示しているのに、アントニーが去って行った後ではふっと一瞬悲しそうな顔を見せたり、オクテーヴィアスの前ではいかにもしおらしい顔と重々しい話し方をしてみせたり、変幻自在だ。最後はクレオパトラが舞台上で全裸になって着替え、新しい自分として生まれ変わるというビックリするような演出もある。クレオパトラに比べるとアントニー(アントニー・バーン)はちょっと弱いと思う。

 このプロダクションの面白いところとしては、エジプトもローマも等しく政治が密室で行われるものとして提示されていることがある。冒頭はいきなり奈落からアントニークレオパトラがいちゃついているベッドが出てくるという演出で、基本的にエジプトはアントニークレオパトラ、あるいはクレオパトラと友愛で結ばれた侍女たちや宦官などが政治を行う親密な宮廷である。一方でローマは完全に男の世界なのだが、男の世界であるからこそ実は全然開かれた政治の場ではない。最初のローマの場面はローマ風呂で半裸の男たちが政治について密談しているという演出で、裸のつきあいで仲の良いエリート男性同士が何でも決めてしまうところだ。このローマにおける裸のつきあいには入ってこないのに、部下の心をつかむには長けているからこそアントニーが皆から問題児扱いされているわけである。アントニーとオクテーヴィアの政略結婚もこのエリート男性同士が密室で何でも決めるローマの性質を象徴する展開なのだが、このプロダクションではオクテーヴィア(ルーシー・フェルプス)がけっこう弟と同様政治家っぽい女性で、気の毒な政略結婚の犠牲者というよりは何か腹の中で考えている様子があり、良かった。オクテーヴィアス(ベン・アレン)は若くてかなりアントニーに執着している様子で、姉のオクテーヴィアよりもむしろアントニーに興味があるのではという気がした。