なぜ木とか植えてる男はセクシーなのか〜シス・カンパニ―『ワーニャ伯父さん』

 シス・カンパニ―、ケラリーノ・サンドロヴィッチ演出『ワーニャ伯父さん』を見てきた。『ワーニャ伯父さん』を舞台で見るのは今回が初めてだ。

 舞台はロシアの田舎の地所。学者のセレブリャコーフ(山崎一)と若い後妻エレーナ(宮沢りえ)が田舎の屋敷に帰ってきている。タイトルロールのワーニャ(段田安則)はセレブリャコーフの先妻の兄で、セレブリャコーフの先妻の娘で自分にとっては姪にあたるソーニャ(黒木華)と一緒に地所を管理し、セレブリャコーフに送金をしていた。ワーニャは若い頃はセレブリャコーフの学識を崇めていたが、最近はその薄っぺらさに嫌気がさすようになっており、さらに美しいエレーナの魅力にも惹かれている。ソーニャはハンサムな中年の医者のアーストロフ(横田栄司)に首ったけたが、アーストロフはエレーナに夢中だ。屋敷の人間関係はどんどん悪化し、セレブリャコーフが屋敷を売りたいと言い出したせいでワーニャは激怒するが…

 セットはロシアのお屋敷なのだが、最初の場面では大きな薄いカーテンが舞台のほとんど半分を覆っているのが特徴だ。生演奏の音楽がけっこう効果的に使われており、とくに場面の終わりで力を発揮している。

 全体的にはけっこうコミカルな演出で笑うところがたくさんあるのだが、まあ話は実につらい。ワーニャの人生は完全に行き詰まっているし、他の連中の人生も困ったことになっている。セレブリャーコフとエレーナは最後に家を出て行くが、一応平穏になったとはいえ、結局何も解決していない。しかしながらセレブリャコーフだけは皆の人生が行き詰まっていることを全く理解していないみたいで、トラブルの原因になっている大部分はこいつなのに大変鈍感だ。以前から思っていたのだが、チェーホフの芝居というのは学者に対して非常に冷たいと思う。

 ワーニャは人生詰んでる中年男で、恋も叶わなければ金もないのだが、かなり突き放した描き方をされていると思った。とくにエレーナに恋い焦がれて「あんとき求婚していれば…」とか思うあたりははっきり言ってなんかちょっと気味悪い。気の毒な人ではあるのだが、チェーホフらしい冷徹な筆致で描かれ、それに沿って演出されているように思った。一方面白いのが色男のアーストロフで、この人は酒浸りで賭け事も大好きなのだが、近代的なエコロジストでもあり、森林や動物の保護活動をやっている。ソーニャにとってはこの木を植えまくりのアーストロフ先生が凄くセクシーに見えるらしく、たしかに演出や演技からしてもえらくセクシーなので(横田さんだし)、ソーニャばかりかエレーナ(宮沢りえなので、絶世の美女である)までくらっときてしまうのはまあよくわかる。それで、なんかこの木とか植えるのが好きだというところはこのアーストロフのセクシーさに何か関係があるのではと思う。森林の保護というのは19世紀半ばくらいから始まった活動で、19世紀末にロシアのド田舎で森林保護とかやってるアーストロフはけっこう意識が高くてふつうと違う人なんじゃないだろうか(ちなみに『チャタレイ夫人』や『モーリス』でも森番は色男である)。やたらエレーナを森の番小屋に誘おうとするあたりがおかしいのだが、少なくともこいつは将来に対するなんらかのヴィジョンを持っていて、それがふだんは森の保護、美人が目の前に現れると恋愛になるらしい。若いソーニャにとっては、唯一日常生活以外のチャンネルに自分をつないでくれそうな男がアーストロフなんだろうなと思う。