境遇に似たところがあっても、わかりあえないつらさ〜『ドリーム』(ネタバレあり)

 『ドリーム』を見てきた。

 原題はfiguresに人物と数字をひっかけたしゃれたタイトル『ヒドゥン・フィギュアズ』で、最初は日本語タイトルが『ドリーム 私たちのアポロ計画』になったのだが、アポロ計画ではなくマーキュリー計画が主題ではっきり言って日本語タイトルはウソなので『ドリーム』に変更になった。映画を見れば『私たちのアポロ計画』でもおかしくないとわかる…という声もあったが、正直私はぜんっぜんそうは思えないし(最後のところでアポロ計画につながるからと言って実際にはほとんどメインの題材でないものをタイトルに入れてはいかんだろう)、今の日本語題もちょっとどうかと思うのだが、内容は大変よくできたものだ。

 主人公はキャサリン(タラジ・P・ヘンソン)、メアリー・ジャクソン(ジャネール・モネイ)、ドロシー・ヴォーン(オクタヴィア・スペンサー)の3人だ。舞台は1960年代はじめ、ヴァージニア州にあるNASAのラングレー研究所である。アフリカ系アメリカ人の女性たちが計算係として多数雇われていたが、待遇は悪く、出世の道もなかなかなかった。こうした中で抜群に優秀な3人の女たちが人種と性別、二重にのしかかる重い差別と戦いつつ硬直したNASAのシステムに風穴を開け、ジョン・グレンを宇宙に飛ばして無事帰還させるのに大きな役割を果たす。

 とにかく全体に無駄な描写やダレる描写が一切なく、細かい描写の積み重ねで丁寧に差別を浮き彫りにする一方、ユーモアもたっぷりあってあまり暗くならないし、盛り上がるところもたくさんあって、一度も飽きることなく最後までワクワクして見られる映画だ。ちょっとコーヒーを飲むとか、トイレや図書館に行くというような日常的な行動の制約を描くことで厳しい差別を現代人にもわかるように表現している(史実に比べると時系列はだいぶいじってあるし、誇張もあるようだが)。キャサリンの家庭に関する描写なども細やかで登場人物たちの人柄がよくわかるものになっているし、小道具やファッションも楽しい。ベクデル・テストは最初の数分、女性たちが車を直しているところでパスする。

 面白いのは、この映画では境遇に共通点がありそうな人でも少し属性が違うと他人に対して偏見を持ちうるし、わかりあえないこともあるというつらい状況が細かい描写でうまく表現されていることだ。白人男性であるエリート上司たちが無意識な差別や無理解を示すのはもちろん、この映画では白人女性も黒人男性も黒人女性に対してうっかり偏見を露わにしてしまう。ブスっとした白人女性の上司ヴィヴィアン・ミッチェル(キルステン・ダンスト)は、見ているぶんには偏見まみれなのだが本人は全然気付いてないようで、終盤ドロシーに皮肉を言われてやっとドロシーが平等に扱われていないことがなんとなくわかるという展開がある。ヴィヴィアンも女性としてNASAで不利な中頑張っているはずなのだが、人種が違うドロシーのことは全然自覚なくナチュラルに見下していて、そのあたりの無神経さが容赦なく辛辣に描かれている。さらに、子持ちの寡婦であるキャサリンに一目惚れする軍人ジム(マハーシャラ・アリ)も、最初にキャサリンに会った時におそらく褒めるつもりでうっかり「女性でそんな仕事を…」とか失言をしてしまう。ジムは人格は立派だし優秀な軍人で、おそらく自身もアフリカ系として不利な環境を乗り越えて成功した人なのではないかと思われるのだが、そういうキャサリンとおそらく似たバックグラウンドの人でもうっかり偏見を漏らしてしまうところがリアルだ。その後でジムがちゃんと後悔してキャサリンと対等な関係を築こうと頑張るあたりがほほえましい。

 終盤は打ち上げに向かって話が加速し、最後のグレンを宇宙に飛ばすところは、史実がわかっていてもハラハラさせられる。なお、グレンは既に第二次世界大戦時から軍人だったはずなのだが、この映画ではえらく若くてカッコいい堂々たるエリート軍人で、まるでキャプテン・アメリカみたいである(第二次世界大戦から氷漬けで保存されてたのかと思うほど若い)。最後にキャサリンに計算を頼むところはさすがにできすぎだろうと思ったのだが、かなり誇張はされているものの一応、打ち上げ数日前(映画では当日)にそういうことがあったのだそうだ。このへんは是非原作を読んで確認したいと思った。