しがらみから演じる楽しさへ〜『奈落のシャイロック』

 名取事務所公演『奈落のシャイロック』を下北沢の小劇場B1で見てきた。堤春恵作、小笠原響演出で、1907年に明治座で初めて歌舞伎役者により『ヴェニスの商人』が演じられた時のことを大幅に脚色した作品である。史実にはもとづいていないところも多いのだが(小山内薫が褒めたりとかしているのだが、こんなに派手な暴動が起きたという記録はないはずで、『西の国のプレイボーイ』騒動とかをちょっと重ねてるんじゃないかと思う)、非常に面白かった。

 明治座の座頭である二代目市川左団次(千賀功嗣)が、ジャーナリストで作家の松居松葉(吉野悠我)とともに洋行から帰ってくるところから話が始まる。二人は演劇改革に燃えており、左団次が洋装でシャイロックを演じ、女優も使って芝居茶屋を通さずチケットを売るシステムを用いて『ヴェニスの商人』を明治座で上演しようとする。しかし芝居茶屋の反発が大きく、息のかかった者たちの画策により初演で暴動が起こる。驚いた左団次やポーシャ役の市川旭梅(森尾舞)は奈落に隠れるが…

 新しい芝居をやりたいと思いつつ、先代への憧れや歌舞伎界のしがらみ、自分の実力不足などさまざまなトラブルに悩んで試行錯誤する役者たちの心情を丁寧な台詞で描いたもので、いろいろと問題をかかえてはいるものの最後は芸の心、演じることの楽しさ、将来に向けて芸術を創ることの重要性を称えて終わる、後味の良い作品だった。歌舞伎界の性差別を容赦なく描いているところなども良く、改革派ぶっている松居が実はひどく狭量な性差別主義者だったり、実力では申し分ないのに女であるというだけで師匠と同じ舞台に立たせてもらえなかった市川九女八(新井純)が渾身の演技でシャイロックを演じたりするところなど、演劇におけるジェンダー差別や異性配役の問題に鋭く切り込んでいる。偉大な先代の陰で芝居なんかやりたくないと悩んでいた左団次と、同じく偉大な役者だった九代目市川團十郎の娘で常に舞台に立ちたいと思っていたが歌舞伎界では女優になれず悩んでいた旭梅の対比も良い。そしてこういう演目ではそれぞれの役者がちゃんと明治座のスターに見えるように立派な演技ができないといけないのだが、全員、非常にしっかりした演技をしていて関心した。

 上演の後、芸術家在外研修に関するシンポジウムがあった。最初のほうしか見られなかったのだが、ロシアの劇場の話とか、けっこう面白いことが聞けた。