ダメ男と立派な2人の女〜木ノ下歌舞伎『心中天の網島』

 横浜にぎわい座で木ノ下歌舞伎『心中天の網島』を見てきた。木ノ下歌舞伎を見るのはこれが初めてである。

 セットは白い植物文様みたいな美術で、床にはこの文様の間に隙間がある形になっているので、そこから床下に出ていったり、入ってきたりすることもできるようになっている。この隙間のある床の上に板を渡してこたつなどの道具類を置くこともできる。登場人物はだいたい現代風の服装だが、脇差とかは腰に差して出てくることもある。台詞は現代風なところと歌舞伎らしいところ両方があり、ここぞというところになると歌舞伎らしい台詞になる。「歌舞」なので歌ったり動いたり、ミュージカル風なところもある。歌舞伎を2時間ちょっとで現代風にやろうというのは大変いいアイディアだと思うし、よく練られた作りになっており、わかりやすい。

 曾根崎の遊女小春に惚れてしまった紙屋の治兵衛とその妻おさんの3人が中心で、金と恋のねじれで小春と治兵衛が心中するまでを描いている。小春もおさんも非常に賢く立派な女である一方、治兵衛は愛嬌があるだけで他はてんでダメ男である。おさんは所帯じみた子持ちの女房だし、小春も可愛いが普段はくだらない冗談ばかり言っているフザけた女の子なのだが、見ているうちにこういう平凡な見た目に隠された2人の大きな器がよくわかってくる演出になっている。小春はおさんの思い詰めた手紙を読んで自分が治兵衛を捨てた形で別れようと決意する思いやりのある女だし、おさんのほうも小春が自殺を考えているのではと察して命を救おうとする倫理を重んじる人物だ。心の底では治兵衛への愛でつながっており、良心に恥じない行いをしようとしている小春とおさんに比べると、この2人に愛されているがあんまり態度のはっきりしない治兵衛は物凄い果報者なのだがそれに気付いていない。治兵衛ははっきり言ってこんな立派な2人の女に愛されるほどの大物ではないのかもしれないのだが、それでも人生というのはそういうもんで、こういう愛嬌だけはあるダメ男は人好きがするし、惚れてしまったらしょうがないということを描いているシビアなお話だ。

 非常に様式化されたところがある一方で、最後の心中の場面などはけっこうリアルというか痛々しい。血糊などは一切出ないのだが、慣れない刀を振り回す治兵衛が失敗して小春がなかなか死にきれずにのたうちまわるあたりは、様式化されているぶん凄惨だ。痛みでのたうちまわりながらも、離れないでほしいと言う治兵衛を小春が気遣うところなどは、最後まで治兵衛と、さらにおさんのことまで考えて死んでいくヒロインの優しさがよく現れている。