リアルではない絵の、生身のヒロイン~『大人のためのグリム童話 手をなくした少女』

 セバスチャン・ローデンバック監督『大人のためのグリム童話 手をなくした少女』を見てきた。グリム童話の「手をなくした少女」がおおもとの原作だが、なんと来日もしているオリヴィエ・ピィの芝居が影響元になっているところがあるそうだ。

www.youtube.com

 全編がクリプトキノグラフィという技法で作られているということで、絵柄がとても独創的で斬新だ。これは一枚一枚の絵を不完全というか省略した形で書くが、動かすときちんとつながって見えるというものだそうで、あっさりしたちょっと抽象的な絵なのだが、自由な動きの表現がとても魅力的だ。かなり人などの形が自由に変わったりするのだが、それでも見ているほうは同じ人だとなぜかけっこうたやすく認識できるので、あまり悩まず物語を楽しむことができる。

 

 一枚一枚の絵がとても切り詰められているせいでリアルな絵柄ではないのだが、それでも「大人のため」だけあって、抽象化されているのに躍動感のあるこの絵がとても怖く見えたり、生々しく見えたりするところがある。物語は童話準拠で、父親が悪魔と取引してしまったため悪魔に差し出されることになった娘が、あまりに清らかすぎたため悪魔の差し金で両腕を切られ、一度は幸せに結婚したかと思いきやまた悪魔の策略で様々な苦労をするというものなのだ。両腕切株描写がかなり怖く、切断場面はもちろん、ヒロインが畑を耕そうとして血まみれになる場面などは見ていてかなりこっちの体が痛くなる。

 ヒロインはのびやかな女性で、裸で動き回ったり、性欲を露わにしたり、授乳したり、外で排尿や排便したりする描写もあるのだが、こういう女性の肉体描写が単なるサービスカットみたいにならず、生身の女性の生き生きした行動として描かれている。最初はこんな抽象的な表現なのにちょっと自分の身体感覚に近すぎるため生々しくてビックリしてしまったが、とても新鮮な表現だと思う。終わり方の、単純に「王子さまとお妃様は幸せに暮らしました」にならない、闊達な表現もよい。

 

 なお、この映画はベクデル・テストはパスしないと思う。そもそも出てくる人物に名前がないし、台詞じたいが少なく、最初に母と娘が話す場面ではお父さんについての言及があったと思うからだ。まあ、登場人物に名前がついていない映画をベクデル・テストにかけて意味があるのかっていうのはあるが…