ゴダールを待ちながら~『顔たち、ところどころ』(ネタバレあり)

 御年87歳のアニエス・ヴァルダが33歳の写真家JRと組んで作ったドキュメンタリー映画顔たち、ところどころ』を見てきた。

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 JRはいかにもフランス人好みの空間アートっぽい作品を作る写真家で、大きな写真を引き伸ばして建物などに貼るプロジェクトをやっている。ヴァルダと組んで、行く先々の村々で地元住民(場合によっては動物)などの写真をとり、そのポートレイトを家の壁などに貼っていく。いろいろな場所でプロジェクトをやった後、ヴァルダはJRとともにかつての盟友ジャン=リュック・ゴダールに会いに出かけるが…

 

 この作品のテーマは人と会うこと、人の顔を見ることなのだが、まずはヴァルダとJRがなかなか出会えなかった…というところからはじまる。そうしてヴァルダはちょっとばかりゴダール似のサングラスで目を隠した男JRと会い、いろんな人と出会う旅に出かけるのだが、行った先々でいろいろな人をじっくり撮り、自分の過去のことに思いを馳せたり、過去の作品を再考したりする。最初はけっこうのんびりちまちまとした作品を作っていたのだが、終盤、ル・アーヴルの港で、男ばかりの労働環境に女性の存在を持ち込もうと、港湾労働者の妻たちの写真を大きく引き伸ばして積み上げたコンテナに貼るあたり、いかにもフェミニストで女性をじっくり描くのを得意としていたヴァルダらしい大作ができて、このあたりは面白い。盛り上がったところで、若きサングラス男JRをホンモノのゴダールに会わせようとロールに連れて行くのだが、ゴダールはなんかムカつく感じのメッセージを残してわざとヴァルダをすっぽかした。二人はゴダールに出会えずに終わる。

 

 この作品が見事だと思うのは、ドキュメンタリーで共作なのに、まるでヴァルダの過去の劇映画みたいな、強烈に作家性が出た作品になっているところだ。ヴァルダの映画というのは女性を中心にいろんな人をじっくりと撮るという点でまさにポートレイトの世界なのだが、劇映画でも昔からちょっとフェイクドキュメンタリーっぽい文法を持ち込むことが多くて、ドキュメンタリーもフィクションのドラマもけっこう同じ態度で撮っている感じがする。さらに、ヴァルダは劇映画のオチにはわざと肩すかしみたいな展開を持ってくることが多い。『5時から7時までのクレオ』も『幸福』も『冬の旅』も、「え、そんな終わり方なのか…」みたいなところで終わる。『顔たち、ところどころ』でゴダールに逃げられたヴァルダに、JRが「ゴダールは君の物語構造に逆らおうとしてるんでは」みたいなことを言って慰めるところがあるのだが、むしろ会うことがテーマだった映画にいかにもヴァルダ映画らしい肩すかしラストを持ってきてくれたゴダールは、体を張ってヴァルダの世界を体現してくれたのかもしれない。たぶんイヤなヤツなのだろうが、映画的には大いに盛り上げてくれるゴダールだ。