女がおもろいということ~シアタークリエ『おもろい女』

 小野田勇作、田村孝裕演出、藤山直美主演『おもろい女』をシアタークリエで見てきた。第二次世界大戦前から戦争直後くらいまで活躍していた実在の天才女性漫才師、ミス・ワカナの生涯を脚色したものである。ものすごく私好みの芝居で、もっと早く見に来なかったのを後悔したくらいだった。

 

 ミス・ワカナ(藤山直美)は15歳で田舎から出てきて、大阪で強引に河内家芳春に弟子入りし、瞬く間に漫才で頭角を現すが、師匠に逆らい活動写真の楽士である一郎と駆け落ちする。口下手な一郎と夫婦漫才を始めるがなかなかうまくいかなかった…ものの、ミス・ワカナ玉松一郎として九州で活動するうちにだんだん人気が出て、やがて大阪に戻り、引っ張りだこになる。しかしながら常に前のめりで新しいことを試したがるワカナと大人しい一郎はだんだん芸に対する考え方があわなくなり、ワカナは調子のいいことを言う役者の浅原(天宮良)と浮気をはじめてしまう。誰もがうらやむ仲睦まじい夫婦だったはずのワカナと一郎は結婚を解消し、漫才だけは2人で続けることにするが、ワカナは浅原に教えられたヒロポンの依存症になり、戦後に突然死してしまう。

 

 まず、女が「おもろい」ということを全力で肯定してくれる芝居であることが気に入った。女の芸は男の芸に比べて面白くないとか、女は芸人に向いていないとかいうタワゴトが世の中にはあるが、すごい勢いでおもろいことを言いまくるワカナを見ていると、そんなのは吹き飛んでしまう。最初は女性を弟子にするのを渋っていた芳春もだんだんワカナの芸の面白さに関心して引き立てるようになるし、周りの人たちもワカナの天才的な芸を高く評価している。

 

 一方で、才能がありすぎて常に前に進みたいワカナがどんどん一郎と疎遠になり、ヒロポン依存症になって自己破壊に突き進むところは悲劇的だし、リアルでもある。ワカナは戦争中、兵士の慰問活動に熱心で、つまりは戦争協力をしていたのだが、戦争の負の産物であるヒロポンのせいで破滅してしまった。このなんともいえない皮肉な運命がとても悲惨に描かれている。ワカナは天才なのだが、とても奥行きのある、美点と欠点を兼ね備えた人間らしいヒロインだ。

 

 藤山直美のワカナは大変な当たり役だ。病気の後の復帰作なのだが、すごくエネルギッシュで病み上がりとは思えないくらいで、キラッキラした才能に満ち溢れているワカナをカリスマ的に演じている。50代の藤山が15歳から死ぬまでを演じるというのはちょっと無理がある…ようだし、アナウンスで「ワカナ、15歳」などという説明が入って、スポットライトの中で藤山がわざとらしく「15歳」っぽい顔をしたりするのはその無理をわかってギャグにしているということなのだが、それでもなんだか舞台を元気に動き回るワカナを見ていると、もうおばちゃまと言っていい年の藤山がキャピキャピした小娘に見えてくるから不思議である。一方で、終盤にドラッグ中毒になってボロボロなのに舞台でだけはキレッキレな年配のワカナを演じる藤山は実に壮絶だ。これを打つといい漫才ができるとかなんとか言って自分に注射をするワカナの表情には、芸に対するこだわりと疲れがまざりあった殺気が漂っている。

 

 脇役たちも芸達者で、優しくてワカナをずっと愛している一郎を演じる渡辺いっけい藤山直美は大変息が合っている。ワカナの周りにも元気な女性たちがいて、助けあっていたりするところも良かった。大阪の漫才興行をとりしきっているごりょんさんこと菱本(正司花江)も、九州の芸能界のボスである山路たま(山本陽子)も、ワカナの芸をものすごく良く理解してくれて、ワカナと進路が分かれることになってもやっかんだり怒ったりはしない。女同士の嫉妬みたいなステレオタイプに陥ることなく、気っぷと度量が備わった女性たちがたくさんいてワカナのことを思いやってくれるのだが、それでもワカナが死んでしまうというあたり、やるせない物語である。