マニックピクシードリームもにゃもにゃ~空から妖精さんが降ってくる『ヴェノム』(ネタバレあり)

 『ヴェノム』を見てきた。

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 主人公のエディ(トム・ハーディ)はサンフランシスコでジャーナリストをしているが、鋭くテーマに突っ込んでいく若干強引な取材手法のせいで問題が起きることも多い。ある時、ガールフレンドである弁護士アン(ミシェル・ウィリアムズ)の仕事用の書類をこっそりのぞき見し、それを若き億万長者ドレイク(リズ・アーメド)の取材に使ってクビになり、さらにアンにも出て行かれてしまう。失業中で万事休すのエディのところに、ドレイクのところで働くスカース博士(ジェニー・スレイト)から連絡がある。ドレイクは自らの財団で明らかに医療倫理に反した人体実験をやっているらしく、エディはスカース博士と一緒に研究所に忍び込むが…

 

 これ、予告が大ウソな映画である。キャッチコピーは「最も残酷な悪が誕生する」とかいうおどろおどろしいゴシックホラーみたいな装いだが、内容はブラックユーモア満載で多少おばかなところもあるロマンティックコメディといったところだ。エディにくっついてヴェノムとなる地球外生命体シンビオートは、まあ黒いもにゃもにゃが『もののけ姫』のタタリ神みたいでいくぶんは気味悪いのだが、言動はドツキ漫才師と肉食の野生動物をかけあわせたみたいな感じである。たまに人間を食おうとする以外は(!)そこまで怖くはないし、ドレイクとシンビオートがくっついてできたライオットに比べるとずいぶん穏当でユーモアのある人格…というかシンビ格(?)を持っている。取り憑かれたエディとは阿吽の呼吸で、恋の相談から食べ物の好みまでいろんなことでやいのやいのと面白おかしく言い争っており、終盤は完全にゆかいなブロマンスだ。

 

 全体として、この作品は「空から女の子が降ってくる」映画だと思う。うだつのあがらないボクのところにある日妖精さんが降りてくるのだが、この妖精が(シータやラムちゃんのような)妙齢の美女ではなく口の悪い謎のエイリアン生命体で、ケンカしながらも2人は末永くしあわせに暮らしました…というような作品だ。ぱっとしないエディのところにやってきたシンビオートがエディを冒険に引きずり込み、力を与えて幸せにしてくれる…という点では、いわゆるマニックピクシードリームガールにも近いかもしれない(まあ、エディはあまり受動的な性格ではないので、ステレオタイプにそうだってわけじゃないが)。そう考えると、シンビオートの薄気味悪いもにゃもにゃがなんだか可愛く見えてきてしまう。

 

 話としてはかなり台本に問題があるというか、相当めちゃくちゃだと思う。シンビオートに取り憑かれるとうまく共生できる人間以外は全部死んでしまうらしいのに、なぜ終盤でアンは大丈夫だったのかとか(彼女も共生できる体質なの?それともシンビオートの意志とかで何かそのへんコントロールできるの?)、いくらなんでもスカース博士があの後すぐ逃げないのはおかしいのではないかとか、たくさん突っ込みどころがある。また、サンフランシスコの人たちの正常化バイアスが凄すぎるというのもある。エディはシンビオートと話すため独り言ばかり言っていて、周囲の人から見るとおそらく障害とか病気だろうと思われるようなふるまいをするのだが、まあそのへんに皆が大らかなのは描き方として良い(エディが野宿者のマリアと親しくしている描写もあり、いろんな人々がフラットにつながるサンフランシスコの雰囲気が伝わってくる)。しかしながらいくら自由な雰囲気の街だからって、高熱に異食症、譫妄を示している明らかに具合の悪そうなエディを入院させずにいったん家に帰す医者のダンはちょっと心配してなさすぎだろうと思う(インフルエンザとか脳腫瘍とかだったらどうするんだ)。このへんの脚本のいいかげんさと「ぱっとしない主人公に舞い降りたステキな運命」展開は、同じくチャーミングだが話が緩すぎるSFである『ジュピター』を思わせる。なお、ベクデル・テストはパスしない。

 

 そういうわけで、非常に緩くていい加減な脚本の映画だが、エディとシンビオートのやりとりがとてもチャーミングなので、ブロマンスのブラックコメディ映画だと思って見れば大変楽しめる。別に怖くはないのでホラーが苦手な人でも見られそうだ。