逃げ去る夜の夢~カクシンハン『ヴェニスの商人』

 カクシンハン『ヴェニスの商人』を見てきた。

 

 平らな舞台の三方を客席が囲むスタイルで、服装はだいたい現代っぽいがシャイロックだけは少々違う衣類を着ている。奥の客席がないところには小高くなった台があり、ここはシャイロックの家として使われたり、ポーシャが箱選びの時に座る場所として使われたりする他、プロジェクションで場所の設定を示す"Ghetoo"(ゲットー)などの文字などが映されたりもする。箱選びの場面では、いつものカクシンハンらしく上からパイプ椅子が降りてくる。

 

 かなりブラックユーモア寄りの演出で、全体的に悪夢のようである。アントーニオ(白倉裕二)の周りに仮面をつけて猿のような意味不明な囁きを発する人々が集まってくるという始まり方じたいがまるで悪夢のようだ。シャイロックは途中でキリスト教徒たちが踊り狂うという悪夢を見るのだが、最後は改宗して十字架を下げたシャイロックとアントーニオという、この芝居で疎外されてしまう2人の人物がバカ踊りをするという、まるで悪夢が現実になってしまったかのようなオチになっている。この芝居の終盤には、ジェシカとロレンゾーが「こんな夜に…」と美しい夜の情景の中で愛を語り合うとてもロマンティックな場面があるのだが、なんとこの演出ではジェシカがロレンゾーを捨てて逃げてしまい、この場面はポーシャが2人の交換日記をこっそり読んで「うまくいっていないのかしら」などと言うという内容に変更されており、美しい夜の夢は全くない。美しい夜を象徴するジェシカは逃げてしまい、夢は全部悪夢になった。

 

 全体的にはとても面白くてエネルギッシュな演出だったと思う。モロッコアラゴンがポーシャの求婚に来るところはかなりテンポを良くしようとしている。1人目の求婚者モロッコについてはブラックフェイスを避けるため、オセロスという宗教上の理由で仮面をつけている求婚者に変えて素早くやっているし、2人目のアラゴンの場面はほとんどワンカットくらいに短くしていて、この求婚が3回出てくるところはたるみやすいのでなかなか工夫しているなと思った。ただ、ベルモントを明らかにヴェニスと違う場所に見せるため、ネリッサを男性でほとんどグラシアーノと同じ背格好のデイヴィッド・ジョン・テイラーに演じさせ、ベルモントでは英語、ヴェニスでは日本語を話させるというのはちょっと奇抜にすぎるように思った。というのも、ネリッサはとても小柄だというのが原作で言及されており、たぶんちっちゃいのに大人の男のふりをしようとするというのが面白みを出していると思うからである。もとからでっかい男性をキャスティングすると、ちょっとこの面白みがなくなる。

 

 キャストは全体的にとても良かった。河内大和のシャイロックは大変素晴らしく、場面ごとの感情のメリハリがとてもしっかりしている。とくに娘のジェシカに逃げられた後ではじめて入ってくるところでは、前の場面より10キロくらいやせてるように見えた。バサーニオに対する恋心を隠している憂鬱なアントーニオ(白倉裕二)や、テキパキして美しいがひとくせあるポーシャ(真以美)も良い。