題材は悪くないが、若干平板なところも~『ソローキンの見た桜』(試写会上映、ネタバレあり)

 試写会で『ソローキンの見た桜』を見てきた。

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 日露戦争時代のロミオとジュリエットという触れ込みで、松山にあったロシア軍の捕虜収容所を描いたものである。話は「現在」と日露戦争の時期の2つが並行して進むようになっていて、現在の登場人物でテレビ局で働く桜子(阿部純子)が、収容所にいたロシアの将校ソローキン(ロデオン・ガリュチェンコ)について調べるという話になっている。捕虜として松山にやってきたソローキンは地元出身の志願看護婦であるゆい(阿部純子、2役)と恋に落ちるが、ゆいは商売が傾いたろうそく店の娘で、実家を助けるため結婚が決まっていた(ここはちょっと『ロミオとジュリエット』に似ているが、それ以外はそれほどでもない)。さらにソローキンが革命を目指す一派のスパイだったこともあり、2人の恋には暗雲が…

 

 題材じたいはあまり知られていない歴史的事項をとりあげて掘り下げるもので、大変興味深い。先進国として自国の発展ぶりをアピールしようとする日本がロシア兵の収容所を整備するが、それでも収容所当局の日本軍将校たちは国際法をちゃんと理解しているのかあやしいところがあり、ロシアの将校たちとの間で軋轢が生じるという経過を描いており、このあたりは見ていて面白い。全体的に演出も丁寧で、皆殺し映画通信などでよくディスられているような、ありがちなつまらない町おこし映画ではない。過去のプロットラインについては、中盤あたりまで大変しっかりした展開になっている。看護婦同士の会話でたぶんベクデル・テストもパスする。

 

 ただ、現在のプロットがけっこう平板だ。桜子が局の方針で松山の捕虜収容所について取材するうちに自分がソローキンの子孫であることを知る…という展開なのだが、歴史調査ロマン映画(?)としては、この調査の苦労と出自の開示がえらく地味である。ただ史料が転がり込んできて、ばあちゃんが「ずっと秘密にしてたんだけど…」と昔話をして終わりなので、ここがかなり食い足りない。それに、最初は桜子は自分の出自を誰も知らないのに、上司の倉田(斎藤工)が「君にしか頼めない」とか言って桜子をロシアでのソローキンの取材に同行させようとするところの理屈もよくわからない。歴史的事項を調査していたらそれが自分の出自につながる、というのはA・S・バイアットの『抱擁』とかが定番だと思うが、あれは主人公の出自が調査に応じてちょっとずつあやしくなっていき、最後に派手に開示される。この映画もそうした方が良かったんじゃないかと思う。

 

 また、過去のプロットについても、終盤がえらくバタバタしている。ゆいとその家族がソローキンについて交わした約束について、あまり経過の説明がないのでものすごく不自然なことを約束しているように見えるし、またゆいの婚約者が、ゆいがソローキンの子どもを妊娠しているのをけっこうすっきり受け入れているところについても、理由の描写がないので不可解だ。もっと家族を説得するところをフラッシュバックでいいから丁寧に描くべきだし、また婚約者が身も世もなくゆい惚れていて、あまりにも夢中なので他の男性の子どもを妊娠していても気にしないくらいのぼせあがっている、ということを強調する描写が必要だったと思う。

 

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