いったい何をしたかったのか…『レディ・ガイ』

 ウォルター・ヒル監督『レディ・ガイ』を見てきた。

 主人公である殺し屋フランク・キッチン(ミシェル・ロドリゲス)は、天才的なマッドサイエンティスト、ジェーン医師(シガーニー・ウィーヴァー)の弟を殺したせいで恨みを買い、ジェーン医師に無理矢理性転換手術を施されて女になる。復讐を誓うフランクだが…

 髭ぼうぼうの色男の殺し屋から美しい女性に変身して人を殺しまくるミシェル・ロドリゲスと、シェイクスピアエドガー・アラン・ポーの小ネタを出すシガーニー・ウィーヴァーは悪くはないのだが、それ以外は何をしたかったのかさっぱりわからない映画である。この映画はトランスジェンダーコミュニティから差別的だとして批判されたということなのだが、おそらくこの映画はトランスジェンダーを描いているつもりは全く無い…というか、そもそも何を描いているのか本人たちもよくわからなかったのではないかというくらいぱっとしない。
 何か「性別を変えても人は変わらない」あるいは「性別が変わると人は変わる」みたいな人間のセックスとジェンダーについての考察をしたかった…のかもしれないがそうは思えないくらい話がしっちゃかめっちゃかだ。フランクは強制的に女性にされた後もずっと自分のことを男性だと思っているようで、「女性になればやり直せるだろう」と信じて主述をしたジェーン医師のマッドな信念は否定された…かのように見えるのだが、一方でフランクはイヌを飼い始めたり、それ以前なら無慈悲に殺していたであろう相手を生かしておいたり、最後は「まあ人は変わるし」みたいなことを言って去って行ったりするので、見ているほうは「???」となってしまった。

 一方で、突き抜けてB級でキャンプでニセモノ感あふれるおバカな作品かというとそういうわけでもなく、アクション映画としては適当に真面目に作られているので、何をしたかったのかさっぱりわからない。なんかこれが、女になったフランクがひとしきりジェンダーアイデンティティに悩んだ後に完全に吹っ切れて、肉体改造しまくってオッパイに装着したマシンガンかなんかを撃ってあたりを血の海にするくらいバカげた映画とかだったらもう少しはコンセプトに一貫性があると言えたのかもしれない(面白いかとか、トランスジェンダーの観客が不愉快にならないかとかはまた別だが)。半端にちゃんとしたアクション映画にしようとしているので、コンセプト意味不明になった。

 ミシェル・ロドリゲスは悪くないので、それを見てるだけでまあ金返せって気分になるのは避けられるのだが、とはいえフランクが最初からけっこう殺し屋にしては線の細い色男なのは、プロット上はあまり良くない。元のロドリゲスの顔の輪郭を生かしすぎてて、もっとメイクでごつくしたほうが良かっただろうと思う。ただ、全体的にミシェル・ロドリゲスに男役をやらせたいっていうフェティシズムだけは伝わってくる。

 なお、微妙だがこの作品はベクデル・テストはパスしないのではと思う。フランクがジョニーやジェーン医師と話す場面はあるのだが、フランクはトランスジェンダーではなく、自分のことをずっと男性だと思っているので、テクニカルにはパスしないのではという気がする。

 ちなみに、これを見て思ったのだが、ペドロ・アルモドバル監督の『私が、生きる肌』はほとんど同じ出発点で作られてるけど、これより断然うまく作られてる。最初に『私が、生きる肌』を見た時はずいぶんヘンな映画だと思ったのだが、『レディ・ガイ』を見て、こういうヘンな映画こそ脚本と演出の力で大きく出来が分かれるんだなと思った。

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