横浜のピーチャム乞食商会〜神奈川芸術劇場『三文オペラ』

 神奈川芸術劇場(KAAT)『三文オペラ』を見てきた。言わずと知れたブレヒトの有名作で、演出は谷賢一である。
 演出は非常に諷刺に満ちたもので、以前の新国立版より意識的にブレヒトっぽくかつ政治的にしており、とても良かったと思う。張り出し舞台から中央に花道が伸び、後方はゴミ置き場みたいになっていて、中央上に裏返しの「KAAT」という文字が据え付けられたセットは、上演が行われている横浜と芝居の舞台をダイレクトに結びつけるものだ。台詞でも近くの山下公園なんかのことが言及されていたが、私が生まれた頃に山下公園では実際にホームレスの人が襲撃される事件が起こっているし、メリーさんなんかも住んでいたことがあり、貧困と反映が隣り合わせの歴史を持つ横浜の雰囲気をうまく取り込んでる。お客の一部をピーチャム乞食商会のメンバーに見立てて、「拍手」とかいうパネルを使ってお客に指示を出すのも、ヘタにやると目もあてられなくなりそうだが、今回はブレヒト風の異化効果をうまくアップデートしている演出であるように思った。字幕を使った異化効果もなかなか面白く、最後にマックヒース(松岡充)を派手に吊り物で空でも飛ぶみたいな様子で処刑してビックリさせた後、「現実ではこうなるのですが、観客アンケートによると皆さんはミュージカルが好きらしいから」という字幕を出して華やかな歌で終わらせるあたりは面白い。
 ただ、役者陣に関してはとくに歌のクオリティにちょっとデコボコがあったと思う。松岡マックヒースはロックスターだけあってカリスマもあるし歌もうまい。また白井晃もさすがの貫禄で、ポピュリズムの時代のスピンドクターみたいないかにも21世紀風のピーチャムだ。タイガー・ブラウン(高橋和也)がマックヒースに寄せている悲しくもおかしい恋心も良かった。一方でポリー(吉本実憂)とルーシー(峯岸みなみ)は、ちょっと役柄のわりに声が明るすぎてあまりブレヒトの世界の住人に見えないと思う。以前から思っていることで、私のプロダクションの選び方が偏ってるからかもしれないのだが、日本でミュージカルや音楽劇をやる時、若い女の役についてイギリスより妙に明るい声質の役者をあてることが多い気がするのだが…とくにブレヒトとかはもっと暗かったり、野太かったり、クセのある女声をキャスティングしたほうが役にあうんじゃないかと思う。