美術や演技は素晴らしいが、脚本の詰めは相当甘い〜『ブラックパンサー』(ネタバレあり)

 ライアン・クーグラー監督『ブラックパンサー』を見てきた。事前に良い評判を聞いていたのでちょっと期待しすぎたのか、まあまあ面白かったが、思ったほどでもなかった。とくに終盤の話の流れがかなりいい加減だと思う。

 いいところはたくさんある。まず目を引くのは、舞台となっているワカンダ国の美術や衣装だ。今までのアメリカ映画ではあまり魅力的だとは思われておらず、とっつきにくい他者の象徴みたいに扱われることも多かったボディペイントとか刺青などをふんだんに取り入れ、親しみやすく美しいものとして撮っているのはとてもよかったと思う。色使いなどもとても気を遣っており、衣装や建物はどれもとても綺麗だ。とくに単調になりがちなラボのデザインにも鮮やかな色を取り入れているところが良い。ワカンダ国の王室のラボを管理しているのはティ・チャラの16歳の妹シュリ(レティシア・ライト)なのだが、いかにもイマドキの若い女性の趣味にあった、機能性とファンシーさの両方をそなえたラボになっているところが良かった。シュリのラボはマーベルのシリーズの中ではかなりおしゃれで多機能なもので、どっちかというと舞台の楽屋とかドレスメーカーの試着室、美容室とかに近いようなゆったりした空間になっている。ティ・チャラのスーツの試着と改良がメイン機能のひとつなので、リラックスしてスーツを試すためのラボとしてはふさわしいと思う。

 キャラクターは皆魅力があるし、ぴったりの役者を揃えている。主人公のブラックパンサーことティ・チャラ(チャドウィック・ボーズマン)はもちろん、悪役のエリック・キルモンガー(マイケル・B・ジョーダン)と、ティ・チャラの護衛隊ドーラ・ミラージュのトップであるオコエ(ダナイ・グリラ)が大変よかった。キルモンガーはいくらでも無慈悲になれる男なのだが、一方で理念を持った革命家であり、さらに父親を亡くしてつらい境遇にあったということで、人間味のある悪役になっている。マイケル・B・ジョーダンはもともと感じのいい好青年役が得意なので、そういう役者が演じるとワルになりきれない理想主義者といった雰囲気が増す(キャラ造形としてはX-Menマグニートーに近い)。ブラックパンサーとキルモンガーの対立は、アフリカの人々とアフリカ系アメリカ人の文化的差異とか、孤立主義と国際主義とか、さまざまな政治的テーマをうまく処理している。全員女性のドーラ・ミラージュについては、みんなあまりにも強くてカッコいいので現実離れしているように見えるが、実はダホメ王国似た女性戦士の組織があったそうで、そんなにアフリカの歴史からかけ離れているというわけでもないのだそうだ。これを束ねる隊長のオコエは、ティ・チャラ個人に対する忠誠とワカンダ国への忠誠に引き裂かれるところや、一方で恋人よりは明らかに信義を優先するところなどについては、とても奥行きのある人物として描かれている。オコエとナキア(ルピタ・ニョンゴ)が車の運転とか、王室の女性たちの安全とかについて話すところでベクデル・テストはパスする。ブラックパンサーの母ラモンダ(アンジェラ・バセット)はビックリするくらい昔から変わらない美貌だし、天才メカニックである王妹シュリ(レティシア・ライト)も生意気でいいキャラだ。珍しく(?)顔出ししてくれるユリシーズ役のアンディ・サーキスとか、CIAのわりにはイイ人感があるロス役のマーティン・フリーマンとか、祭司ズリ役のフォレスト・ウィテカーとか、脇役も芸達者が揃っている。

 こういうふうに行き届いた美術デザインと芸達者な役者を揃えて、アフリカの文化をポジティヴに提示し、アフリカ系のヒーローが活躍するという作品になったという点では、この映画には大変文化的意義があると思うし、子どもたちのロールモデルとしてブラックパンサーやドーラ・ミラージュやシュリが憧れの対象となるのは当たり前で、とてもいいことだろうと思う。ただ、キャラや演技、美術デザインのクオリティが良い一方、脚本に相当ツッコミどころがあるのは非常に気になった。クーグラーの前作である『フルートベール駅で』や『クリード』の破綻のないストーリーテリングに比べると、『ブラックパンサー』はけっこう詰めが甘い。

 本来は(『バーフバリ』みたいに)二部作とか三部作くらいでやらないといけないような話を1本にしているので、明らかに詰め込みすぎの感がある。とくに、せっかくアンディ・サーキスが演じているユリシーズがわりとあっさり殺されてしまうあたりからどんどん話が急ぎ足になり、おそらくこの手の話では盛り上げポイントになるであろう、エリックの王座掌握のあたりがずいぶん短くなっている。エリックがワカンダに現れてからはご落胤ものの宮廷陰謀劇になるんだから、まずはエリックが嫡子か庶子かみたいなことに関する情報戦があるとか、エリックが外面を良くして人心を掌握しようとするとか、そういう政治劇らしい展開をもっとちゃんとやったほうがいい。とくに、ポっと現れたエリックの王室メンバーとしての正統性について、評議会のメンバーが何も疑問を持たないのがかなり甘いと思ったのだが、ワカンダ王室はこれまでその手のお家騒動を経験したことがなかったんだろうか…このあたりの展開が早すぎるせいで全体的に記述が薄くなり、とくにブラックパンサーの親友だったはずなのに結局裏切るウカビ(ダニエル・カルーヤ)の心境があまり描かれなくて、ずいぶん軽薄な人物に見えるのがよくない。

 さらに最後のアクションシークエンスは辻褄あわせをすっとばしたところがずいぶんある。シュリがロスに対して、エリックが出発させた輸送機を撃ち落とせと命じるのだが、いくらなんでも正当化できる理由なしに自国の財産であり、自国民も乗っているはずの飛行機を撃墜させるのはおかしいだろう。コンピュータ制御の無人機で命令ではとめられないとかいうような説明があればちょっとは説得力が増すのだが、そうでなければアメリカから来たCIAに、ティ・チャラとシュリが自国民の命と財産を危険にさらすような真似をさせておくのはおかしい。だいたい、儀礼上の正統性ということから考えると、この時点でティ・チャラはエリックと決闘したが死んでもいないし降伏もしておらず、手続き上はまだ正統な王である可能性が高いので、まずは正統な王たるブラックパンサーの名において輸送機に引き返せと命じるのが筋であるはずだ。またまたロスがシュリのラボで遠隔操縦をしているところに攻撃機がやってくるという最後の見せ場も、なんでロスがそこにいるってわかったんだとか、この攻撃機は誰の命令でどうやって出撃したのかとか、そもそもシュリのラボにエリックの一味はアクセスできるのかとか、そういう説明が一切ない。全体的に最後のアクションシークエンスのつながりはずいぶんといい加減である。

 そういうわけで、いろいろ面白いところはあるものの、展開についてはかなり詰めの甘い話だと思った。次作を作るなら、もうちょっと脚本は丁寧にしてほしい。