こういうチャーチル演技でいいんだろうか?『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』

 ジョー・ライト監督『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』を見てきた。首相就任からダンケルク撤退くらいの時期までのチャーチルを描いた歴史ものである。
 
 全体としてとても丁寧に作られた政治史映画で、ほとんどは政治家の裏工作や議会での議論、演説なんかばっかりなので動きが少なくなりがちなのだが、飽きさせないよういろいろ緩急をつけて盛り上げているので、退屈しない。チャーチルを演じるゲイリー・オールドマンの演技はもちろん、妻のクレメンティーンを演じるクリスティン・スコット・トーマスも良かった。なお、ベクデル・テストはパスしない。

 ただ、凄い特殊メイクでチャーチルになりきるオールドマンを見て、私は別にこういうチャーチル演技を見たいわけではないな…と思った。たしかに歴史上のチャーチルに似てるし、また役者の表情を殺さないメイクなので技術は素晴らしいのだが、こんなにチャーチルに外見を似せる必要がそもそもあるのか疑問だ。オールドマンがそこまでチャーチルに似せてないメイクで出てきて、それなのにいつのまにか演技の力でオールドマンがチャーチルに見えてくるっていうほうがよっぽど凄いんじゃないだろうかと思うし、ゲイリー・オールドマンならそういうことができるのではないかと思う。そういう、似てないはずなのになぜか本人に見えてくるみたいなマジックが映画や演劇の力じゃないだろうか…その点では、この映画はリアル志向すぎてあんまり面白くないと思った。

 また、全体的にリアリティを目指す映画なのに、チャーチルが地下鉄に乗って市民に意見を聞くという架空の部分が決めてになってるのはちょっとどうかなと思った。この箇所は全体的に第二次世界大戦期のロンドン市民を美化しすぎていて、ちょっと頂けない。あと、Brexitにあわせてダンケルクの映画が3本も作られているのはやっぱり世相なのだろうな…と思う。この映画ではチャーチルはヨーロッパを救おうとしているのだが、結局今のイギリスはヨーロッパの理想を台無しにするようなことをしてて(いや、そもそも台無しにする力すらもうないかもしれないのだが)、とても皮肉に思える。