楽しい喜劇だが、実はとても自由を大事にする作品〜『リトル・ナイト・ミュージック』(ネタバレあり)

 日生劇場で『リトル・ナイト・ミュージック』を見てきた。ベルイマン『夏の夜は三たび微笑む』をスティーヴン・ソンドハイムが翻案したミュージカルだそうなのだが、原作は未見…だったんだけど、この芝居を見て是非見なきゃと思った。

 舞台は19世紀末頃のスウェーデンである。中年の弁護士フレデリック(風間杜夫)にはまだ処女である美しい幼な妻アン(蓮佛美沙子)がいたが、ひょんなことからかつて熱烈に愛し合った大女優デジレ(大竹しのぶ)と再会し、焼けぼっくいに火がつきそうになってしまう。デジレもまんざらではなく、復縁を真剣に考えはじめる。しかしながらデジレの若い愛人マルコム伯爵(栗原英雄)は恋人の浮気疑惑に激高し、妻である伯爵夫人(安蘭けい)がいる前ですらデジレの不貞に対する怒りを隠さない。さらにフレデリックの若い息子で牧師を目指すヘンリック(ウエンツ瑛士)はアンに対する真剣な恋情が満たされないまま、可愛くて恋愛経験豊富なメイドのペトラ(瀬戸たかの)にちょっとばかりよろめいてしまうが…

 笑える艶笑喜劇で、大人の恋愛を洗練されたタッチで描いた作品なのだが、恋愛やセックスに対してユーモアに満ちた自由な態度をとっているところが良かった。最後はアンとヘンリックが駆け落ちしてしまう一方、デジレはフレデリックとくっつき、マルコム伯爵夫妻はよりを戻すというオチで、結婚しているか、していないかというような社会的な秩序よりも、本人たちが一番幸せになるのが大事だという非常にオトナな結末になる。未婚の母で中年になってもモテモテ、女優として街から街へと飛び回るデジレは、凡百の作品であればだらしない女性として描かれそうだが、そういうことはまったくなくとても人間味のある女性として描かれている。中年になってむしろ魅力を増したデジレを見たフレデリックが、自分の年齢相応の釣り合った女を愛したほうがいいんじゃないかと思い始めるあたりの中年の恋愛描写も細やかだ。形式的には義母が義理の息子と駆け落ちすることになってしまうアンとヘンリックに対してもおおらかな視線が向けられていて、社会的な秩序を破ることに対する道徳的な批判は全然ない。アンは年上のフレデリックを盲目的に尊敬していたが、それをやめて対等というかむしろ自分のほうが面倒をみてあげる立場になるヘンリックを愛することに決めるし、教会ガチガチだったヘンリックは堅苦しい考え方をやめてアンへの恋を認めるようになる。恋のせいでいくぶんバカになってしまった全員に対してあたたかい目が向けられていて、優しい気持ちで恋のさや当てを見守ることができる。

 演技は皆とても良かったと思う。デジレを演じる大竹しのぶはいかにも適役で、あれならどんな相手でもコロっといってしまうだろうと思わせる説得力があった。ヘンリックは、牧師の勉強をしてる真面目ちゃんなのにペトラによろめいて、さらに実はアンが好きとか、考えるとずいぶんメチャクチャで困った人なのだが、ウエンツ瑛士がとてもチャーミングなので、そこまでイヤな人には見えなくて良かったと思う。

 ただ、歌のほうは聞いているだけでもかなり難しいとわかる歌ばかりで、上演期間のはじめだったこともあって、けっこう苦戦してるところも見受けられた。歌を全部危なげなくこなしてると思われるのは宝塚出身の安蘭けいと、あと歌手やってたこともあるウエンツ瑛士くらいだったような気がする。とくにフレデリック役の風間杜夫は、演技はいいのだが、歌のほうはまだ全然こなれてないと思う(しかもフレデリックが歌う歌、とくに難曲ばっかりでは?)。