副題は大間違い〜『タクシー運転手 〜約束は海を越えて〜』(ネタバレあり)

 チャン・フン監督『タクシー運転手 〜約束は海を越えて〜』を見てきた。1980年の光州事件の実話をもとにした作品である。

 1980年5月、ソウルに住んでいる個人タクシー運転手のキム・マンソプ(ソン・ガンホ)は、暴政に抵抗する反政府運動のせいで商売がしにくくなり、不満たらたらで暮らしている。妻に先立たれ、ひとり娘を抱えて家賃もろくに払えない。光州まで行って帰ってくれば大金を払うという客ピーター(トーマス・クレッチマン)の噂を聞きつけ、他の運転手のお客だったはずのピーターを乗せて光州に向かうが…

 「約束は海を越えて」という副題は全然ダメ…というか、全くそういう話ではない(最初、このタイトルを見て何か陳腐な人情話と勘違いしてしまい、あやうく見逃すところだった)。結局、ピーターは生前には自分を助けてくれたタクシー運転手と再会することができないので「約束は海を越えて」ということにはならない。この映画ではタクシー運転手が身を守るため変名を使っており、わからなかったということになっているのだが、映画の公開後に故人だがそれらしい人が見つかったらしい。

 どちらかというとちゃらんぽらんでだらしなく、政府を疑わないマンソプが、光州で軍隊が市民に銃を向ける様子を見て英雄的な行動を起こし、ピーターをソウルまで連れ帰る様子を、コメディとシリアスな社会派アクション両方の要素を交えてうまいバランスで描いている。顔一杯ににっこり微笑むマンソプ役のソン・ガンホの表情がとても良い(ただしマンソプとピーター中心なのでベクデル・テストはパスしない)。そんなのんき者のマンソプが、光州で戦場のような情景を見て変わっていくわけだが、この丸腰の市民を遠くから兵士が撃つ描写は相当にショッキングだ(これがほぼ実話に基づいているというのが非常に重い)。マンソプを助けてくれた地元の大学生ジェシクが、マンソプとピーターをかばおうとして殺されてしまうというくだりはものすごく悲惨である。ヤマ場のひとつである、ケガ人を助けるためタクシーで突撃する場面はあまりにもスリリングなので脚色してあるのかと思ったら、史実よりもむしろ地味になっているそうでびっくりした。ただ、光州脱出時のカーチェイスはあまりにもわざとらしくて要らないだろうと思ったら、これはフィクションらしい。あと、うどんを食べて引き返すくだりはちょっとテンポが悪いようにも思った。しかしながらそれ以外はたるんだり流れが悪くなったりすることもなく、非常にリアルでよく出来ている。