剥き出しの戦争劇〜新国立劇場『ヘンリー五世』(ネタバレあり)

 新国立劇場で鵜山仁演出『ヘンリー五世』を見てきた。1年半前に上演された『ヘンリー四世』二部作の続きで、浦井健治を王子から王となったヘンリー役に据えた上演である。美術コンセプトも前回を引き継いでおり、左右に木の骨組みを配置したセットだ。左の舞台下には水がはれるようになっている場所があり、フルーエリンなどがこの池に落ちる。

 『ヘンリー四世第一部』の時に、基本的に人好きのしない男たちの政治劇だと書いたが、『ヘンリー五世』は人好きのしない男たちの剥き出しの戦争劇である。ヘンリーはもともと王子の時からかなり王座に対する野心が強そうだったが、今回はぐんと大人になって威厳がある一方、やはり野心にまみれた王だ。非常に立派な王として振る舞っている一方で、時々見せる表情にある種の怖さがある。白い衣装がだんだん血まみれになっていくのを着替えもしないあたり、気楽でヤクザな暮らしをしていた頃よりむしろ凄味と暴力性を感じさせる。さらに、決闘のことでウェールズの軍人フルーエリン(横田栄司)を騙してひどいめにあわせるところがあるのだが、王子だった頃にはもっぱらフォルスタッフをからかうのに使っていたイタズラ心が、王になったせいでよりわがままに強化されているようにも思われる。なんといってもフォルスタッフはヘンリーと同等以上の不真面目な機知の持ち主だったのでからかい合いも丁々発止で面白いところがあるが、『ヘンリー五世』のヘンリーは王であり人を従わせる立場であるにもかかわらず、真面目そうなフルーエリンを同郷人ぶって(ヘンリーはウェールズ生まれである)ネタにするのはあまり王らしい振る舞いとは言えない。ヘンリーは王子だった時よりもカリスマのある人物になったと言えるかもしれないが、なんでも許してもらえると思っている性格じたいは変わっていないというか、むしろ悪化してるかもしれない。

 ヘンリーがフランス王女キャサリン(中島朋子)を口説くところは、そのなんでも許してもらえるという性格が明確に表れていてちょっと怖いくらいだ。このプロダクションのキャサリンは意外なくらい世間知らずで気弱な女性として演出されており(ヘンリーと丁々発止でやり合える元気な女性に演出することも多いのだが)、ヘンリーと結婚させられることに脅えてすらいるように見える。ヘンリーもキャサリンを押し倒したり無理矢理キスしようとしたり、まるでデートDVかナンパ師みたいな口説き方だ。キャサリンを口説くところのヘンリーは、自分はハンサムだし王だからなんでも許してもらえるという自信があるように見える。結婚が決まっても最後までキャサリンの顔は暗くて戸惑いを隠せないようで、イングランドとフランスの結びつきは愛によるものではなく強制結婚によるものなのだということが暗示される。さらに不吉なのは背景にかかげられる、真ん中に大きな血のシミがついたイングランド国旗だ。これは直接的には、それまでに戦場で流されたおびただしい血を示すが、一方で前に若いカップルがいて花嫁が浮かない顔をしていることを考えると、初夜の血が飛び散った婚礼のベッドのシーツも連想させる。そう考えるとこのラストは一見祝賀ムードだが、かなり怖い。

 このラストのキャサリンの脅え方にはちょっと驚いたが、他にもいろいろ気になる意外な演出があった。序盤のテニスボールが送られてくる場面で、箱いっぱいのボールをぶちまける演出(『ホロウ・クラウン』ではこの演出をとってた)をしているのはちょっと驚いた(前の『ヘンリー四世』みたいな平たいセットなら、ぶちまけると収拾がつかなくなるので一個のテニスボールを目立たせる演出かなと予想していた)。ピストル(岡本健一)が1人だけ足を出す衣装でまるでお色気担当みたいな伊達男なのも面白く、これならまあクィックリー夫人はいただきだなという感じだ。横田フルーエリンは予想以上に人格の立派そうな軍人だったのだが、とくに終盤では笑うところは全部持っていってしまう大活躍だった。