ルーク、ダース・ヴェイダーになる〜『ブリグズビー・ベア』(ネタバレ多数)

 『ブリグズビー・ベア』を見てきた。

 主人公のジェームズ(カイル・ムーニー)は、両親であるテッド(マーク・ハミル)とアリスから外の空気は有害だと教えられ、地下室に閉じ込められて暮らしていた。ジェームズの唯一の外界との接点はビデオで送られている教育番組『ブリグズビー・ベア』だけだった。ところがある日、警察がやってきてテッドとアリスを逮捕する。実は2人はジェームズの実の両親ではなく、赤ん坊のジェームズを誘拐して隔離して育てていて、『ブリグズビー・ベア』は2人がジェームズのためだけに作った番組だったのだ。真実を知らされ、実の両親の家で新生活を始めるジェームズだったが、25歳まで隔離されて育ったジェームズはなかなか外の世界になじめない。そんな中、外の世界では誰でも映画を作れることを知ったジェームズは、スタートレックオタクのスペンス(ジョージ・レンデボーグ・Jr)と組んで『ブリグズビー・ベア』の映画を作ることに決める。

 テレビドラマや映画、そしてそうしたものを作ることがいかに人を救うかということをあたたかく描いた作品で、深刻な題材なのにとてもユーモアがある。ジェームズと実の家族との関係がかなりじっくり描かれており、息子を誘拐した偽親たちが作った番組にジェームズが執着するのが許せない実の両親の心境や、突然兄が戻ってきて戸惑うほかない妹オーブリーの不安なども丁寧に描写されている(ベクデル・テストについてはちょっと微妙で、オーブリーとメレディスの会話があるのだがパスしないと思う)。ジェームズの新しい友人になる高校生たちも生き生きしていて、とくに昔のSFが大好きでCGや映画の勉強をしているスペンスは、いかにも今風のクールなオタクっていう感じで、なかなかいいキャラだ。ついついジェームズの熱意にほだされて映画に出演してしまうヴォーゲル警部はグレッグ・キニアが演じており、これもとても楽しい登場人物になっている。出てくる人がみんなちょっといい人すぎるというのはあるかもしれないが、そうはいっても後味がとてもいい。

 ジェームズがとうとう映画を完成させると、ジェームズがあんなに執着していたはずのブリグズビー・ベアが消えていくという終わり方は、映画が持つ癒やしの力を明確に象徴するものだ。ジェームズもおそらく心の奥底では、自分が大好きな番組は自分の人生をメチャクチャにした誘拐犯たちが作ったものだということを理解していて、そこがひっかかっている。でも、物語を完成させることで自分の力で終わらせなければ25年間のブランクを乗り越えることができない。それは自分を誘拐した親たちを象徴的に殺すことなのだ。

 そう考えると、この映画で偽父テッドを演じるマーク・ハミルは、実はダース・ヴェイダーの役を演じていると言えると思う。テッドは『スター・ウォーズ』のダース・ヴェイダー同様、魅力的で才能に富んでいるが、その才能を完全に間違った方向に使っていて、カリスマはあるが悪い父親だ。テッドは子供が欲しかっただけみたいで、ジェームズを隔離してやたら過保護かつ高度な教育をしているものの身体的な虐待は一切加えないので、この手の誘拐ものの犯人としてはマシなほうとは言えるが、それでも彼とエイプリルがジェームズ一家の人生を完全にメチャクチャにしているということは全編でしっかり描かれているので、とても擁護できるような父親ではない。息子ジェームズは『スター・ウォーズ』のルーク同様、自分の人生をメチャクチャにしたこのカリスマがある悪い父親を乗り越え、象徴的に殺さないといけない。テッド役は、かつて邪悪な父と対決し、最近次世代のために身を捧げたルークを演じていたマーク・ハミルが演じるにふさわしい役だと思う。