私の名前で私を呼んで〜『レディ・バード』(ネタバレあり)

 グレタ・ガーウィグの初監督作『レディ・バード』を見てきた。

 舞台は2002年、サクラメントに住むクリスティン・「レディ・バード」・マクファーソン(サーシャ・ローナン)がヒロインである。レディ・バードカトリックの高校に通っており、東部の大学に行きたいと思っているが、そのことで母親マリオン(ローリー・メトカーフ)と衝突している。父ラリー(トレイシー・レッツ)はリストラされて家計も苦しく、なかなか将来が不透明で…

 少女が大人になっていく様子を描いた映画で、お話としては別にそんなに新しいわけではない。"Real Women Have Curves"(2002、未見)にかなり似ていて、盗作じゃないかと言われているくらいらしいのだが、私が見たことがある映画の中ではもっと古い『地上より何処かで』(1999)によく似ているし、『恋のからさわぎ』とか『ミーン・ガールズ』ともちょっとプロット上の共通点がある。つまり、女性が主人公の学園ものの定番的な要素を使った作品だ。ただ、描き方やトーンがとても個性的だ。恋愛やセックスは出てくるがそればっかりではなく、母と娘の関係とか、階級とかがかなり大きい主題で、どれもとても丁寧に描かれている。ベクデル・テストは最初のほうでパスするし、女性同士の会話が非常にリアルに描かれている。笑えるところもたくさんある。

 ヒロインであるレディ・バードを演じるサーシャ・ローナンがとても良かったのはもちろん、親友ジュリーを演じるビーニー・フェルドスタイン(ジョナ・ヒルの妹)などもいいキャラだ。またまたこの映画、『君の名前で僕を呼んで』では物凄い美青年を演じていたティモシー・シャラメの使い方が圧倒的に正しい。シャラメ演じるカイルはとにかく顔が良くてバンドやってていかにも高校生女子にモテそうなのだが、嘘つきですっごくクズで自分のことばかり考えている。あの美しいシャラメをこういうところに使うあたり、ほんとガーウィグはわかってらっしゃると思った。たぶんティモシー・シャラメみたいな顔の男の子がそこらへんの高校とかにいたら、『君の名前で僕を呼んで』のエリオじゃなくて『レディ・バード』のカイルみたいである可能性のほうが高い。

 ただ、『レディ・バード』は『君の名前で僕を呼んで』や『ムーンライト』にかなりつながってる映画だ。なぜかというと、若者が自分の名を決めるまでの物語であるからである。レディ・バード(テントウムシちゃん)という名前はヒロインが自分でつけたあだ名なのだが、これはマザー・グースの「テントウムシさん、おうちに飛んで帰りなさい」という歌から来ている。家が火事になって大変だとかいう暗い内容の歌なのだが、これはつまりヒロインがかなり居心地悪い状態になっている家からどうしても離れられないこと、そしてまだマザーグースが手放せない子供であることを暗示する。一方で実は「レディ」も「バード」も英語では女性を示す言葉なので、ヒロインの中には可愛い子供であり続けたい一方、大人の女性になりたい気持ちがあると考えられる。ヒロインの中には子供らしさと大人の女性らしさが同居していて、それがまだうまく噛み合ってない。ヒロインはこの名前にとてもこだわっていて、親がつけた名前「クリスティン」で呼ばれると「レディ・バードです」と訂正する。カトリックの学校に通っている反逆児であるヒロインにとって、キリスト教徒っぽいこの本名は否定したいものなのだ。
 しかしながら、家を出てニューヨークで学生生活を送るようになったヒロインは、初めてのパーティで「クリスティン」だと名乗り、会話の相手である男に信仰についてたずねる。泥酔して病院に運ばれたヒロインは目覚めた後、日曜日に教会に行き、母に電話して自分が母を思っていることを素直に伝えようと思う。ヒロインは家から離れてひとりになることで、やっと自分の親とか信仰といったこれまで否定したかったものが自分の一部であることを受け入れて、大人として外の世界と付き合って行くことを決めるのだ。名前はヒロインのアイデンティティを示していて、どういう名前で呼ばれたいかは彼女自身が決める。これは自分の名前で自分を呼んでもらえるようになるまでの物語だ。