これは現代政治につながるポピュリズムの話ではなかった〜『エビータ』

 ハロルド・プリンスの『エビータ』をシアターオーブで見てきた。「アルゼンチンの聖母」ことエバ・ペロンの生涯を描いた有名作で、マドンナ主演の映画版は見たことがあったのだが、舞台で見るのは初めてである。

 それで、見ていて思ったのだが、『エビータ』のエバ・ペロンは典型的なポピュリズムの政治リーダーであり、ポピュリズムが跋扈する現代政治につながる話…なのかもと思って見に行ったのだが、見ているうちに全然そうじゃないことに気付いた。というのも、このプロダクションのエビータ(エマ・キングストン)はとにかくポピュリズムの政治家として賢く、何もかもよく考え計算して動いていて、行き当たりばったりな現代の政治家、とくにその日の気分で政治してる…のかしてないのかもわからんみたいなドナルド・トランプとかとは雲泥の差がある。さらに本作のエビータは、鋼の強さと狡猾な野心を持ったヒロインで、決して高潔な政治家というわけではないのだが、貧しい庶出子という恵まれない出自から使えるものをなんでも使ってのし上がりつつ、アルゼンチンの社会にはびこるミソジニーと戦い、一方で人に愛されたいという不安も心の奥底に抱えていてそれが権力への執着に結びついているという奥行きのあるキャラクターとして描かれている。はっきり言って現在、世界をひどい状態に追い込んでいる政治家どもに奥行きを感じることは無理だと思うので、ポピュリストである意味では悪徳政治家的なところもある女性を、良い人物ではないが同情できるところや魅力もある深みのある人物として提示するというこの作品はあまり現代の政情にダイレクトにつなげられる話ではない。演出もたぶんそれをわかっていて、ヒロインを複雑な人物として提示している。狂言回しのチェ(ラミン・カリムルー、とても良かった)はエビータを相対化する役割を担っているが、ヒロインを完全な悪として糾弾するというよりは、エビータの魅力に気付きつつその行動の問題点を皮肉ると言った感じで、ミソジニー的にエビータを卑しい娼婦だと糾弾する軍人たちや上流階級に比べると、かなりエビータの能力じたいに関しては公平な見方をしていると思える。そういう描き方もあって、エビータは良い人ではないのに魅力のある人物になっている。

 ちなみに最近、Jack ViertelのThe Secret Life of the American Musical: How Broadway Shows Are Builtという本を読んだのだが、"You Must Love Me"がなんで後からこの作品に付け加えられたのか、この本を読んだおかげで大変よくわかった。なんでも伝統的なブロードウェイ式のミュージカル(『エビータ』はイギリスの作品だけど)では、極めて強い人物を主人公にしている場合、その人物がまだ示していない意外なポイント、つまりは弱点を初めて観客に開示する歌が必要で、それによって主人公が観客に近い人物であることがわかり、観客の同情を引くことができるらしい。例えば『ガイズ&ドールズ』で、百戦錬磨のショーガールであるアデレードが、第2幕の"Adelaide's Second Lament"で、もう自分はネイサンと結婚できないんじゃないかと不安になるところや、『ヘアスプレー』の常に強く正しいトレイシーが、"Good Morning Baltimore (Reprise)"で弱気になるところがそうだ。"You Must Love Me"は、それまで一切弱みを魅せなかったエビータが観客に向かって「わたしを愛して」と歌いかける楽曲で、まさにこの効果を狙って挿入されている。

The Secret Life of the American Musical: How Broadway Shows Are Built
Jack Viertel
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