ユタ出張(5)ユタシェイクスピアフェスティヴァル『ヴェニスの商人』〜女優が演じるシャイロック

 メリンダ・ファンドシュタイン演出『ヴェニスの商人』を見てきた。

 衣装やセットなどはルネサンスふうなのだが、この演出の特徴は、メインキャストのうちかなりの数の男性役を女優が演じているということだ。タイトルロールのアントニオも、実質的にはポーシャと並ぶ主役であるシャイロックも女優が演じている。オーソドックスな演出と美術にトランスジェンダーキャスティングを組みこんだものだ。

 役としての設定は男性のまま女優が演じるというもので、女優陣の演技はけっこうナチュラリスティックに男性に似せるスタイルになっている。面白いことに、女優さんが演じるアントニオ(レスリー・ブロット)とバサーニオ(ウェイン・T・カー)の間柄はあまり同性愛的ではなく、アントニオはどちらかというと優しくて憂鬱症で子離れできないわがままなお父さんみたいな感じだ。シャイロック(リサ・ウォルピ)は圧巻で、私が今まで見たシャイロックの中でも一番良かったんじゃないかというくらい気に入った。ウォルピは有名なロサンゼルス女性シェイクスピア劇団のメンバーで、シェイクスピアの男役を演じるプロだそうだが、さすがの演技だった。このシャイロックは厳格な商売人で感じの良い男ではないし、娘のジェシカともあんまりうまくいってないのだが、内に社会に対する反逆心、自分を差別する世間に対する怒りを秘めている。肉一ポンドの契約をする場面では、紙の上だけでも自分をバカにしてきた相手と立場を逆転させてみたいという嘲笑的な願望を感じたのだが、この紙上だけの復讐がひょんなことからほんものの命にかかわる復讐へと転んでいってしまうあたりが深刻だ。

 シャイロックを女優が演じているというところには大きな演出上の利点があると思う。「ユダヤ人には目がないか…」の場面で、シャイロックが金を貸すのは女性が結婚するのと同じだということに気付いた。男性中心的で性差別的な社会はユダヤ人や女性が自由に仕事を選んで生計を立てるのを許さない。だからシャイロックは唯一の生計手段として金を貸し、女性は生きるために結婚する。しかしながら、自分のほうからそう仕向けられたにもかかわらず、社会のほうは金貸し商売をするユダヤ人や、生活のために結婚する女性を金目当てのさもしい精神を持っているとして嘲弄する。一方でこの芝居では、ロレンゾーやバサーニオは裕福な女性と結婚することで安定を得ようとしているのに、2人とも批判されることはない。ヴェニスの社会の不平等さが浮き彫りになる演出だったと思う。