兄弟愛の町、フィラデルフィアで展開する道徳劇~『シャザム!』(ネタバレたくさんあり)

 『シャザム!』を見てきた。

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 里親をたらい回しにされている14歳の少年ビリー(アッシャー・エンジェル)は、フィラデルフィアバスケス家に引き取られることになる。バスケス夫妻は既に5人の里子を育てている優しい親で、ビリーは足の悪いスーパーヒーローオタクのフレディ(ジャック・ディラン・グレイザー)と同室になる。そんなビリーがひょんなことからスーパーヒーロー、シャザム(ザッカリー・リーヴァイ)に選ばれるが…

 

 いろいろツッコミどころは存在しで、ビリーがなんでシャザムに選ばれたのか細かい理屈がよくわからないとか、(ここからものすごくネタバレ)最後で起こる力の移転の理屈がイマイチ説明不足とか、足の悪いフレディがスーパーヒーローたる力を与えられると所謂「健常者」っぽくなるのがちょっとひっかかるとか、まあいろいろあるのだが、それでも全体的にはとても楽しく、爽やかな作品である。ベクデル・テストはパスしないが、さりげなくバスケス家の子供のひとりであるペドロがヘテロセクシュアルではないことを示唆するような台詞があったり、子供たちの会話はかなりいろいろ考えて書かれていると思う。

 

 そしてこの作品、テーマは道徳である。というのも、悪役であるシヴァナ博士(マーク・ストロング)は7つの大罪を象徴するバケモノを従えており、一方でビリーは「万人」(Everyman)、つまり誘惑に弱いところもあるが一定の倫理を持ったそこらへんにいるフツーの人間である。この構成は中世ヨーロッパの道徳劇にちょっと似ている。道徳劇では7つの大罪など悪徳を象徴する登場人物が出てきて、主人公である「万人」とか「人間」とかの魂を誘惑しようとする一方、美徳を象徴するキャラクターが主人公を救おうとする。ビリーは未熟な人間の状態から悪徳と戦い、他の人間を良き道に導く存在、つまり美徳の状態に至るわけで、「万人」と美徳を兼ねたキャラクターと言えると思う。一方で最後はシャザムがシヴァナの弱点である「嫉妬」を攻撃するという展開になっており、悪徳の権化だったはずのシヴァナが弱い人間に変換される。

 

 そしてこの映画における最高の徳は兄弟愛である。この映画の舞台はフィラデルフィアで、もちろん郷土の英雄である『ロッキー』シリーズに対するオマージュがあるのだが、一方でフィラデルフィアというのはギリシア語で「愛」を意味する「フィロス」+「兄弟」を示す「アデルフォス」であり、「兄弟愛の町」として知られている。ビリーは血のつながりのないバスケス家の子供たちときょうだいとして愛し合い、助け合うことでスーパーヒーローとしての美徳と力を完成させる。血縁のない者をきょうだいとして愛し、友として尊ぶことはフィラデルフィアという町(そしておそらくはアメリカという国自体)が作られ、発展していく際の基盤となる徳として見なされている。フィラデルフィアが舞台であることの大きな意味はここにある。

 

おまけ:チュイテル・イジョフォーがロンドンのナショナル・シアターで『万人』をやったときの予告編。今でも中世道徳劇を上演することがある。

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