一筋縄ではいかないシンクロ群像劇~『シンク・オア・スイム イチかバチか俺たちの夢』(ネタバレあり)

 『シンク・オア・スイム イチかバチか俺たちの夢』を見てきた。フランスの地方都市を舞台に、病気や離婚などさまざまな問題を抱えている中年男たちがシンクロナイズドスイミング(アーティスティックスイミング)のチームを結成し、世界大会に向けて特訓するという物語である。

www.youtube.com

 ちょっと一筋縄ではいかない構成になっており、一応主人公といえるのは鬱病で求職しているベルトラン(マチュー・アマルリック)なのだが、序盤からチームの他の構成員であるティエリー(フィリップ・カトリーヌ)とかシモン(ジャン=ユーグ・アングラード)とかのこともわりと出てくるようになっており、さらに途中からは女性コーチであるデルフィーヌ(ヴィルジニー・エフィラ)とアマンダ(レイラ・ベクティ)のこともけっこう描かれるようになって、1人に注意が偏らない非常に群像劇的な描き方になっている。一方でチームのメンバー全員に均等に話があるわけではないので、バランスとしては変わった映画だ。とくにアヴァニシュ(バラシンガム・タミルチェルバン)には全然エピソードがないのだが、フランス語を話すのが苦手で移民と思われるアヴァニシュがフランス代表チームで活躍する経緯はすごく面白い展開になり得るのでは…と思うので、このキャラがちゃんと発展させられていないのは残念だ。とくに冒頭部分はシンクロナイズドスイミングというみんなの調和が大事なスポーツとは反対のイメージを与える感じなのだが、みんなの水泳技術が上がるにつれて映画の内容も全体に統一感が出てくる。

 

 この話の関心は、シンクロナイズドスイミングというよりは地方都市の中年男女がどうやって人生の危機を乗り越えるか、というものである。登場人物はみんな生活上の問題を抱えていて、シンクロに挑戦することによって自分に自信を持ち、生き甲斐を持てるようになる。そこで家族との関係とか、ストレスに起因する健康上の問題とかが改善していく過程に重点が置かれている。このため、シンクロの演目をきちんと撮るところは最後の世界選手権のところだけで、そこもリアルなスポーツ映画というよりは人間ドラマの一部という感じの撮り方になっている。わりと笑うところがたくさんあり、コメディとしてはツボを押さえた作りだ。

 

 なお、この映画がベクデル・テストをパスするかどうかは微妙である。対照的なキャラクターであるデルフィーヌとアマンダはかなりちゃんと描かれており、デルフィーヌは飲酒、車椅子のアマンダはあまりにも厳しい性格で訓練がほぼハラスメントになってしまうという問題を抱えているのだが、ちゃんと背景のあるキャラクターだ。一方でこの2人だけで行う会話はほぼ男子シンクロチームのことで、多少微妙な会話もあるがテストはおそらくパスしないと思う。

 

 この映画はスウェーデンのシンクロチームをヒントにしているらしいのだが、9月にはイギリスで同じ題材をヒントに作られた『シンクロ・ダンディーズ!』が公開らしい。空前の男子シンクロ映画ブームである。