『ビリー・エリオット』のダーサイド~『アレルヤ!』

 ナショナル・シアター・ライヴでアラン・ベネットの新作『アレルヤ!』を見てきた。ニコラス・ハイトナー演出で、ブリッジ・シアターで上演されたものである。

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 舞台は閉鎖の危機に揺れるヨークシャーのベツレヘム病院老人科である。元炭鉱夫のジョー(ジェフ・ロール)をはじめとしてアクの強い老人たちが入院しており、とにかく清潔さにこだわっているギルクリスト看護師長(デボラ・フィンドリー)が病棟を管理している。この病院では老人科が最も有名で利益もあげている部門だが、タドカスターの最新施設に統合されそうで、そうなると病院の廃止は目前だ。そんな中、ジョーの息子でロンドンでコンサルタントをしており、保健大臣の右腕であるコリン(サミュエル・バーネット)が父の見舞いにやってくるが…

 

 前半はイギリスの医療が抱えている問題を辛辣に描いた作品なのだが、後半はビックリするような衝撃的な展開になる。なかなか重い題材の作品なのだが、ご老人たちの歌や踊りもあるミュージカル風味の演出で、ユーモアもあり、そんなに見ていてつらい作品ではない。役者陣の演技も手堅い。

 

 とくに興味深いのはコリンのキャラクターだ。コリンは炭鉱夫の息子だが、故郷の炭鉱は閉鎖されている。ゲイのコリンは勉強ができたようで、出世して政府の中枢に近いところで働いている。特別な才能があるせいで閉鎖された炭鉱を出て成功し…という点では『ビリー・エリオット』(『リトル・ダンサー』)のビリー・エリオットに似た境遇だが、コリンは自分の故郷の炭鉱がサッチャーにより閉鎖された経験のせいで、とにかく力と世間的な成功を求めることをよしとするようになった。病院を閉鎖したがっているのもこのためで、コリンの心の中にはさびれていく故郷への恨みのようなものがある。精神的、知的な価値を重視する芸術に身を捧げるようになったビリーとは対照的だが、一方でビリーがバレエを途中であきらめて企業で働くようになったり、あるいはビリーの友達だったゲイのマイケルが奨学金で大学に行ったりしていたらこうなっていたかもしれない。このお芝居は、裏『ビリー・エリオット』として見るべきなのかもしれない。

 

 そういうわけでお芝居じたいには全く不満はないのだが、一方でちょっと字幕に誤字やわかりづらい点があったり、劇場で販売しているプログラムがちょっと情報不足なところは物足りない。とくにプログラムはイントロ、あらすじ、キャスト情報にNHSの説明くらいしか情報が無い。この手の芝居は背景が大事だと思うので、もちろんNHSの説明は絶対必要なのだが(これはわかりやすかった)、それ以外に劇中で描かれているような事件は何をヒントにしているのかとか(類似する事件は数回起こっているはずだ)、使われている音楽はどういうコンテクストがあるのかとか、そういう説明を入れるべきだと思った。