まだまだ改善点は多いが、今後に期待したい~『旅人たちの春の夢 -The Tinker's Wedding-』

 上の小劇場でジョン・ミリントン・シングの芝居『旅人たちの春の夢 -The Tinker's Wedding-』を見てきた。アイルランド演劇を上演する演劇企画CaLの第一作だそうだ。普通は『鋳掛屋の婚礼』などという名前で翻訳されている戯曲である。

 物語は鋳掛屋、つまり非定住民で、かなりフィクション化されているとは言え、現在でいうところのアイリッシュ・トラヴェラーに近い民族集団の人々を扱ったものである(『スナッチ』でブラピが演じていたミッキーとか、『アウトサイダーズ』のマイケル・ファスベンダーはトラヴェラーという設定である)。ヒロインのサーラ・ケイシーは長年一緒に暮らしている鋳掛け屋マイケル・バーンと正式に結婚しようとするが、まずは神父、次はマイケルの母メアリー・バーンの邪魔が入ってなかなか結婚ができない…という話だ。

 戯曲は読んだことがあるのだが観劇したのは初めてで、これは1909年にロンドンで初演された時はとんでもなくスキャンダラスな芝居だっただろうな…と思った。カトリック教会の偽善を批判する一方、結婚制度まで諷刺している作品で、アイルランドでは上演できそうにないので、初演がイングランドだったのもまあ当たり前だろう。神父は費用をなかなか出せないサーラたちを結婚させることを渋っており、貧しい若者たちの幸せとか信仰のことなどなんとも思っていない。さらに、泥酔してばかりのろくでもない母親であるメアリーが、鋳掛け屋の習慣では結婚なんかしなくてもいいのだ、と言って形骸化した結婚の制度を批判するところには、しょうもない人の発言であるにもかかわらず、一分の理がある(というかたぶんこの点についてはメアリーが正しいと思う)。とても辛辣な作品だ。

 

 演出はかなりシンプルで、焚き火などの簡単な装置がある程度である。それはいいのだが、もうちょっと工夫して田舎の路傍みたいな雰囲気を出したほうがいいと思う。演技のほうは、序盤で無愛想なマイケル・バーンがちょっと堅い感じだったのをはじめとして、もう少し改善の余地があると思う。アイルランド音楽の生演奏があるのはいいのだが、演奏と台詞がかぶって聞こえにくいところが少々あったので、タイミングはもうちょっと考えたほうがいいと思う。とはいえ、アイルランド演劇を専門にやるプロジェクトというのは大変珍しいので、今後の発展に期待したい。というか私も新刊でシングの『西の国のプレイボーイ』を扱っているので、会場で配布されるチラシに本のチラシを折り込んでもらえばよかったかな…

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