とてもよくできた映画だが、気になるところが~『リンドグレーン』(ネタバレあり)

 試写会で『リンドグレーン』を見てきた。言わずと知れたスウェーデンの有名作家、アストリッド・リンドグレーンリンドグレーンになる前の時期、つまり作家業を始める前にシングルマザーとして暮らしていた時代を描いた伝記映画である。

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 20世紀初頭、スモーランドの田舎の農場で育ったアストリッド(アルバ・アウグスト)は保守的な習慣に飽き飽きしており、地元の新聞社で働き始める。記者として才能を示すようになる一方、妻子持ちで離婚寸前のブロムベルイ(ヘンリク・ラファエルセン)と恋に落ちる。しかしアストリッドは妊娠してしまう。とりあえずブロムベルイの離婚が成立するまで、息子をコペンハーゲンの里親に預けて働くことにするが…

 

 偏見の根強い時代にシングルマザーとして息子を育てたアストリッドの努力をリアルに描いた作品である。自分の気持ちに忠実になり、子供の父親と結局結婚しないと決めるあたりの勇気はすごいし、また引き取った息子となかなかうまくいかなくて、愛情だけで子育てができるものではないというシビアな状況を描いているところも良い。全体としてはとてもよくできた映画である。

 

 ただ、二箇所くらいかなり気になったところがあった。この映画はリンドグレーンが作家になる前を描いた作品なのだが、そのせいでなんだかテレビシリーズの最初の3分の1くらいを見たような感じのところで終わってしまう(アストリッドの勤め先の「リンドグレーン」さんが登場してちょっと仲良くなったくらいのところで終わる)。スウェーデンでは誰もが知っている有名人なのでこれでいいのだろうが、この後アストリッドが結婚して作家になって…というさらなる波乱があるのにそこは描かれないし、また文筆家としての苦労は全然出てこない。そして、ここで終わるのに二時間を超える尺で、いくつか「これは不要では?」と思うような場面があった。丁寧なのはいいが、ちょっと冗長さを感じる。

 

 さらに私がひっかかったのは、マリー(トリーネ・ディアホム)の描き方だ。コペンハーゲンに住むマリーはアストリッドの息子ラーシュを預かって育てているのだが、このマリーはすごく良い人でとても興味深いキャラなのに、全然背景がわからない…というか、どういう経緯でスウェーデン人の未婚の母を助ける活動をしているのかとか、いったいお金はどうしているのかとか、こんだけ尺があるのにそのへんがほとんど掘り下げられていないのである。なんだか虚空からパッと出てきてアストリッドを助けてくれたのに、突然病気になって退場してしまう、展開上都合のいい妖精の代母みたいに見える。女性同士の絆とか、20世紀初頭の女性の社会活動とかを描くにあたってとても良いキャラになり得たはずなのに、この薄さがけっこう不満だった。