シャレにならないファンの大暴走~『テルアビブ・オン・ファイア』(ネタバレあり)

 『テルアビブ・オン・ファイア』を見た。パレスチナ情勢を主題にした風刺コメディである。

www.youtube.com

 主人公のサラーム(カイス・ナシェフ)はパレスチナ人だがヘブライ語が得意で、親戚のコネで人気テレビドラマ『テルアビブ・オン・ファイア』のセットに下っ端の言語指導係として雇ってもらえることになった。サラームは出勤のためにエルサレムとラマッラーを往復する必要があるのだが、検問所のトップであるアッシ(ヤニブ・ビトン)に目をつけられた際、穏便に逃げるために自分は人気ドラマの脚本家だと法螺をふいてしまう。妻が『テルアビブ・オン・ファイア』の大ファンだったため、アッシはサラームに興味を持ち、ドラマの描写に文句を言い始める。ところがアッシは意外と脚本を書く才能があり、苦し紛れにアッシの提案を制作現場に持って行ったサラームは脚本家に抜擢されてしまう。しかしながら物語の展開に関するアッシの要求がどんどんエスカレートして…

 

 たまたまプロダクションに口を出してきた人物に実は脚本の才能があり、脚本家がどんどん相手に頼るように…というのは、ギャングが劇作家としての才能を発揮しはじめてしまう『ブロードウェイと銃弾』を参考にしていると思われる。主演女優が若く才能ある脚本家にちょっかいをかけはじめて…というところも似ている。しかしながら、この作品は何しろ脚本家のサラームがパレスチナ人、口を出してくるファンであるアッシがイスラエルの軍人でほぼサラームの生殺与奪を握っているので、力関係の不平等さがシャレにならない。さらに途中でアッシが『ミザリー』ばりの暴走を始めて本気でサラームを脅し始める。たしかにそれはそれはブラックな笑いを提供してくれる描き方ではあるのだが、あまりに深刻すぎてちょっと「これ笑っていいのか…」と思うような展開になってくる。それでも最後にちゃんとアッシの人間味を描いて終わるのが理想主義的と言えば理想主義的なところなのだが、これはおそらくこの作品の大きなこだわりなのだろうと思われる。作中で若い脚本家たちが、もう争いや憎悪だけの話はイヤだという会話をするところがあるのだが、この映画の終盤の展開はその精神に貫かれている。

 

 この映画のいいところは、主役の2人のキャラがよくできているところだ。サラームが脚本を書けずにアッシにばかり頼るダメスタッフであり続けるのではなく、話が進むにつれてアッシや他の脚本家から学んで、ちゃんと場面を書けるようになっていく。最初はやる気があまりなさそうだったサラームだが、だんだんドラマを大事に思うようになり、自分の人生についても真面目に考えるようになって、その心境が脚本に反映されていく。一方でアッシは最初、連続ドラマなんて男らしくなくてつまらない、妻がファンだから知っているだけだ、というような態度をとっているのだが、おそらく実は荒々しい軍人生活よりも芸術とか文化に惹かれているフシがあり、それがサラームとの出会いで一気に噴出する(パレスチナの本場のフムスを欲しがるところはその象徴だろう)。それが暴走し、自分の権力をかさに着て困ったことをたくさんした末、アッシが軍人をやめてテレビの世界に入るというのはなかなか面白いオチのつけ方だ。