トーマスの受難と「特権」~『ダウントン・アビー』(ネタバレあり)

 『ダウントン・アビー』映画版を見てきた。ドラマは全シーズン見ている。

www.youtube.com

 お話じたいは比較的単純で、ヨークシャ行幸で国王夫妻がダウントン・アビーを訪れることになり、お屋敷が上へ下への(上も下もと言うべきか)大騒ぎになるというものである。国王夫妻がスタッフを連れてきて何もかも担当することになったせいでダウントン・アビーのスタッフたちは腕を振るうことができないとがっかりしたり、アイルランドナショナリストであるトム(アレン・リーチ)がどうも公安っぽい何かに目をつけられたり、不安になったメアリー(ミシェル・ドッカリー)が引退したはずのカーソン(ジム・カーター)を一時的に執事として呼び戻したせいでトーマス(ロブ・ジェームズ=コリアー)がヘソを曲げたり、まあいつものノリで話が展開する…のだが、映画だからと変に脚本をいじくらずにドラマのノリをそのまま持ち込んでおり、キャストも全員大変息の合った演技だし、一方で国王の行幸ということで衣装などはいつもよりちょっとばかり豪華になっていて目新しく、おそらくドラマの完結編的な映画としてはこれ以上望むべくもないくらいきちんとした出来だ。

 

 お屋敷のほうはまあいつものノリだからいいのだが、それ以外で大事な展開としてはアイルランド問題関係のテロとゲイバーがある。『ダウントン・アビー』はアイルランド問題についてはちょっとばかり雑だと言われているところもある…のだが、この映画でもちょっと今回のトムまわりの展開は少々詰めが甘いだ。アイルランドナショナリズムのシンパであるチェトウッドが国王暗殺を企ててトムに近づく(トムは最初、公安系の監視だと勘違いしていた)というところがあるのだが、チェトウッドはいくらなんでもテロリストにしては脇が甘すぎるのでは…と思った。

 一方、トーマスがヨークのゲイバーに行くくだりはなかなか面白い。恋愛運については常に最悪であるトーマスは、今回やっと王室スタッフで比較的まともそうなエリス(マックス・ブラウン)とお近づきになることができたのだが、ひょんなことからヨークの隠れゲイバーで手入れにあってしまう。このゲイバーの描写が興味深いのだが、1912年にロンドンにイギリスでは最初の近代的なゲイバーができたそうで、ということは20年代のヨークにこっそり営業しているゲイバーがあってもおかしくないわけである。同性愛は違法なのでつかまったらえらいことになるわけなのだが、初めて行ったゲイバーでつかまってしまったトーマスを、エリスが貴族と王室の力で警察をごまかして釈放させるという展開になる。警察の手から逃れることができたし、あと結局トーマスはあいかわらず策略好きの色男タイプ(ケマル・パムクみたいな)が好みなんだな…というのもあるのだが、この場面はトーマスのこれまでのキャラクターを象徴しているような展開だと思う。つまりトーマスは激しい差別を受けている同性愛者で大変不幸であり、だからこそひねくれてしまったところがあるわけだが、ダウントンの人たちはそういうことについて時代の基準からするとえらく開けていて、トーマスが執事として働くのを許している。トーマスは他の使用人と衝突しているので、ふつうなら同性愛以外の人間関係上の理由でクビになっていておかしくなさそうなのに、職場環境が良好なおかげで守ってもらえているのである。この警察からの救出の場面では、こういうトーマスが受けている差別と、職場のおかげでトーマスが有しているある種の「特権」とでも言うべきものが鮮やかな対比になっている。あのバーでつかまった、ものわかりのいい貴族に仕えていない他のゲイたちはたぶんこれから大変なめにあう可能性が高いわけであって、トーマスが助かったからめでたしめでたしということにはならないのである。このへん、さらっと流されているがなかなかつらい展開だ。