心にマギーを抱えた女~『スキャンダル』(ネタバレあり)

 『スキャンダル』を見てきた。実際にFOXニュースで起こったセクシュアルハラスメント告発事件を題材にした作品である。

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 FOXニュースのCEOであるロジャー・エイルズ(ジョン・リスゴー)はから性的嫌がらせを受け続けていたキャスターのグレッチェン・カールソン(ニコール・キッドマン)は、クビを機に反撃に転じ、集めておいた証拠を用いてロジャーを訴えることにする。トップキャスターであるメーガン・ケリー(シャーリーズ・セロン)はかつてロジャーからセクハラを受けたことがあり、ロジャー告発を助けるかどうか悩む。一方、新入社員のケイラ・ポスピシル(マーゴ・ロビー)はロジャーのセクハラのターゲットになり、悩んでいたが…

 

 実話ベースで、複数名の証言をもとに作られたケイラは架空だが、グレッチェンやメーガンは現役の報道人で、かなり実際の人物に似せており、とくにセロン演じるメーガンは実際のメーガンにソックリだ。そしてグレッチェンもメーガンもケイラもブロンドでスタイルが良い白人女性で、驚くほど同じような容姿である。何しろ保守的で有名なFOXニュースが舞台なので、雇われている職員に全然多様性がなく、さらに同一人物からセクハラのターゲットにされていたということですごく見た目に類似性があるあたり、変なリアリティがある。そしてこういうブロンドの美女たちが反撃するというのが原題であるBombshellの指すもの…というのは、Bombshellというのは「爆弾」という意味で、一義的にはロジャー告発による激震を指しているのだが、Bombshellにはもう一つ、「セクシーな美女」という意味がある。この映画のタイトルは、ふだんBombshell扱いされており、つまりはちゃんと人間として扱われているというよりは見た目ばかり注目されているような女たちが社内にBombshellを落とすという展開をほのめかすものだ。

 そしてこの映画の難しいところは、なにしろメーガンもグレッチェンもケイラもFOXニュースにつとめているような女たちであるため考えがかなり保守的で、差別的といってもいいような言動をすることもあるということだ。この映画を見ているだけでも、FOXニュースはかなり差別的でキツそうな職場であり、そういうところで成功している女たちだけあって、正直けっこう引いてしまうような言動も多い(映画ではちょっと抑えめになっているようだが)。そんなFOXという異常な職場環境を、クローゼットなレズビアンで政治的意見を隠してFOXにつとめているジェス(ケイト・マッキノン)を通して相対化しているあたりはなかなかうまいと思った。また、他の女優陣の演技が大変しっかりしているので、こういう共感しづらい女たちも人間らしい厚みのある人物として描かれるようになっている。

 とくに、一番大きい役であるメーガンは、本人はどうだか知らないが、すくなくともこの映画においては明らかに「心にマギーを飼っている女」(マギーが何だか知らない人はこちらの記事を参照)である。メーガンはグレッチェンの告発を受けて自分もロジャーのかつてのセクハラを告発すべきなのではないかと良心に問うのだが、一方でここで告発に加わると犠牲者扱いされ、自分の弱みを人に見せることになるのではないかと悩んでいる。これこそ、弱さを見せずに男社会で成功してきた女性が直面する悩みだ。

 メーガンは最終的にこの男社会への内面的な同化を乗り越え、告発をすることにするのだが、事前にグレッチェンに相談したりはしない(同じ職場の信用できるチームメイトにだけは少し事前に相談するのだが)。この映画に出てくる女たちは理想的なシスターフッドで結ばれているわけではなく、お互いにあまり交流があるわけでもないのだが、ひとりが声をあげたことによって自分も良心に照らしてやるべきなのではないか…と思い、告発に加わる。このあたりの女同士の連帯をあまり美化しないシビアな描き方は良かった。とくに最後、グレッチェンがお店の窓からたまたま外にいるメーガンを見かけるが、お互いとくに言葉を交わすでもなくメーガンが去って行く…というさらっとした描写は味わいがあった。女同士で同じ経験で苦しんだからといって、それで別に親友になれるわけではないので、ああいう描写はとてもリアルだ。