完璧な客席と最高のラブシーン~『ジュディ 虹の彼方に』(ネタバレあり)

 ルパート・グールド監督、ルネ・ゼルウィガー主演『ジュディ 虹の彼方に』を見てきた。

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 ジュディ・ガーランドの伝記映画である。ほとんどは人生の終盤、酒や薬のトラブルをかかえ、子供たちと離れてロンドンで公演をしている時期のジュディを描いているが、一方で若い頃のフラッシュバック映像もあり、そこでジュディがひたすらスタジオから働かされていた記憶が描かれる。歌は吹き替えなしでゼルウィガーが歌っている。

 

 とにかくジュディが不幸で、さらにその不幸はルイス・B・メイヤーが子役時代のジュディにパワハラしまくっていたからだ、ということが明確に描かれている。休む間もなく働かされ、体重管理と称してろくにごはんも食べさせてもらえず、寝ることも遊ぶこともできず、パフォーマンスを上げるために薬を投与されるようになる。ジュディは子供時代を奪われたと思っており、過労のせいで体はボロボロだ。おそらくジュディの回想に基づいていると思われるので多少の誇張はあるのではという気がするのだが、それでも若い頃のジュディがとんでもないペースで映画に出させられていたのは本当なので、子役に対する人権侵害はある程度史実に基づいているのだろうと思う。この映画に出てくるメイヤーはまったく最低のボスで、まだ子供で大人の判断力がないジュディのことを本気で気にかけているようなふりをして、恩を着せて相手の責任感に訴えてどんどん働かせるという極悪なことをしている。最近 #MeTooが出てきてハリウッドのハラスメントが明らかになったことを考えると、ハラスメントのタイプは違うがけっこうタイムリーな映画だと思う。

 

 この映画において一番重要なのは、ジュディが求めているのはファンからの愛だということだ。ボスはジュディのことなんかまったく何も思っていなかったし、次々にジュディに寄ってくる男たちも本当はジュディのことを心から愛していない。そこでジュディが求めているのはステージに立った時にファンがくれる愛だ。見ず知らずの人たちからの崇拝を求めているジュディは倒錯しているのかもしれないが、しかしながら身近な人たちに裏切られてきた一方、自分の芸術的才能には誇りを持っているジュディにとっては、客席が芸術家としての自分を評価してくれた時が一番幸せで、知らない人々からの愛を求めるのが一番合理的で自分に正直な選択肢なのである。

 そして最後、ジュディが「虹の彼方に」を歌おうとして涙で歌えなくなった時に、客席にいた熱烈なファンであるゲイのカップルがジュディのかわりに歌うことで完璧な愛を返してくれる。ここは理想的なファンダム、芸術家の才能と精神を常にサポートし、愛する完璧な客席が立ち上がる場面である。ジュディのために客席が歌ってくれる場面は、最近見た映画の中では最高のラブシーンだ。

 ファンダムの熱狂を描いているという点でこの映画は『ジョン・F・ドノヴァンの死と生』と同系列のテーマを扱っていると言えるのかもしれないが、『ジョン・F・ドノヴァンの死と生』がファン視点でファンの愛を描いているのに対して、『ジュディ 虹の彼方に』はパフォーマーの視点でファンの愛を描いている。最近、とある映画のせいでファンダムに対する信頼を失いかけていたのだが、この映画は見ていて「自分、ファンで良かったな」と思える作品だったと思う。その映画っていうのは( 以下、精神的ショックのため自主検閲)