ソファと時計、孤独なヴィオレッタ~メトロポリタンオペラ『椿姫』(配信)

 メトロポリタンオペラ『椿姫』を配信で見た。METライブビューイングの『椿姫』は2018年版もあるようなのだが、これは2012年のものである。大変な有名作だが、この演目は今回初めて見た。

www.metopera.org

 お話はパリの高級娼婦で椿の花を好んでいるヴィオレッタ(ナタリー・ドゥセ)の悲運を描いたものである。ヴィオレッタは純朴な若者アルフレード(マシュー・ポレンザーニ)と愛し合うようになり、売春を辞めて2人で暮らすようになるが、アルフレードの父ジェルモン(ディミトリ・ホヴォロストフスキー)がヴィオレッタを訪ねてきて、アルフレードとその妹の将来のため別れて欲しいと頼んでくる。身を引き、アルフレードを捨てたフリをして高級娼婦に戻ったヴィオレッタだが、持病の結核が進行し、死の床につくことになる。

 

 わりと現代的なセットや衣装の演出で、ソファと時計が大変重要だ。第1幕ではヴィオレッタの部屋にソファがたくさん置かれており、これは高級娼婦ヴィオレッタの自宅には商売のため常に来客があることを示すものだ。さらに大きな時計が画面にあり、これが時を刻んでいて、ヴィオレッタがセックスワーカーとして時間で買われていることを表現している一方、具合の悪そうな顔からしてどうもヴィオレッタの余命が長くはない(残り時間が少なくなっていっている)ことも示唆されている。

 しかしながら第2幕ではヴィオレッタの家のソファや時計には花柄(椿らしい模様も入っている)のクロスがかけられており、これはヴィオレッタとアルフレードが2人だけの生活をしていて来客がなくなったこと、時間を気にしなくてもよくなったこと、さらにヴィオレッタが愛のおかげで近づく死を恐れていないことを示唆していると思う。しかしながらジェルモン(思ったより冷たくて感じが悪く、オトナの事情ばかり考えている雰囲気だ)がヴィオレッタにアルフレードと別れてくれと言いに来るところで、決心したヴィオレッタがこのクロスを外す。つまりヴィオレッタが以前の来客を迎え、死を待つ生活に戻る決意を固めたということが動作でわかるようになっている。ヴィオレッタの真意を誤解したアルフレードが第3幕で時計に倒れたヴィオレッタ(死がどんどん近づいていることを暗示する)に札束を投げる演出はとてもショッキングだ。

 

 ナタリー・ドゥセのヴィオレッタは大変繊細で、始まった時から本当に病気で具合が悪そうな雰囲気だ。歌声が聞こえないとかいうわけではないのだが、最初から不思議と「か細い」印象を与える。このヴィオレッタはいつも孤独で、パーティの場面では無理をして楽しんでいるように見える。アルフレードを愛するようになったヴィオレッタがソファや時計をクロスで覆うのも、本来はそこまで人付き合いが得意というわけではなく、毎日お客を迎えて派手に騒ぐような仕事が好きではなくて、高級娼婦の仕事に向いていないということをほのめかしているのだと思う。どんどん結核が悪化していくのも、好きではない仕事を続けてストレスがたまって疲弊しているからではないかと思わせるところがあった。