ユーモアとおとぎ話~メトロポリタンオペラ『ラ・チェネレントラ』(配信)

 メトロポリタンオペラ『ラ・チェネレントラ』を見た。2014年に収録されたものである。ロッシーニ作曲で、シンデレラの話をオペラ化したものだ。

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 お話はだいたいみんなが知っているシンデレラと同じで、虐待されているヒロインが王子様と結婚するまでを描いている。お話のほうは民話がベースにしてはつじつまを考えた作りで、ヒロインであるチェネレントラにはちゃんとアンジェリーナ(ジョイス・ディドナート)という名前があるし、アンジェリーナと王子ラミーロ(フアン・ディエゴ・フローレス)は舞踏会の前に会って恋に落ちている。また、魔女や妖精の代母は出てこなくて、アンジェリーナを助けるのは宮廷に仕えている学者のアリドーロ(ルカ・ピザローニ)だ。チェネレントラの身元判別に使われるのはガラスの靴ではなく腕輪である。また、アンジェリーナをいじめているのは継母ではなく継父のドン・マニフィコ(アレッサンドロ・コルベッリ)で、継娘の遺産を盗んで使い果たした権力志向のオヤジさん風に作ってあって、これはけっこう説得力がある。

 一方、セットはおとぎ話風にシュールで、いちいち家具が人間よりデカい。まるで人間がちっちゃな妖精みたいに見えるセットである。アンジェリーナの継父ドン・マニフィコがロバの夢を見たとか歌うところではロバが空を飛ぶ。妖精とかではないはずのアリドーロが貧しい物乞いの返送を脱ぎ捨てると、下から伊達男風のスーツと天使の翼(!)が現れる(なんてファンキーな学者なんだ…と思ったら、アリドーロというのは「黄金の翼」という意味だそうだ)。さらに第2幕の嵐の場面では家の中に雷が落ちて雨漏り対策の傘が燃えるなど、デフォルメした描写もある。最後はでっかいウェディングケーキにアンジェリーナとラミーロがのっかって砂糖菓子かマジパンの飾りみたいになり、おもちゃのパーティみたいな結婚式が行われる。ちょっとドタバタした視覚的なギャグもけっこうある。

 音楽にはいろいろ面白いところがあり、ユーモアのセンスを感じる。第1幕の終わりのほうでラミーロ王子が自分の影武者にしている従僕のダンディーニ(ピエトロ・スパニョーリ)にドン・マニフィコの娘たちの様子をたずねるところは早口で繰り返しの多い歌のやりとりになっており、そわそわしている王子の気持ちがよくわかるユーモラスな音楽の会話になっている。第2幕で王子の義父になって大成功したいとか野心を歌うドン・マニフィコの歌も早口のコミカルなもので、ちょっとギルバート・アンド・サリヴァンのコミックロールを思い出した。