悲しみと笑いとバーレスク~ナショナル・シアター『十二夜』(配信、ネタバレあり)

 ナショナル・シアター『十二夜』(配信)を見た。2017年のプロダクションで、サイモン演出である。

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 回転させられる大がかりなセットを使った上演で、両側に上にのぼる階段がついた三角形の構造物が舞台の後ろにあり、この階段に座ったり、ふつうのドアじゃなく階段を使って入退場することができる。衣装や美術は全部現代風で、オーシーノ(オリヴァー・クリス)はオシャレな車を持っている。ヴァイオラ(タマラ・ローレンス)が難破から助かって目覚めるのは現在の病院のセットだし、オリヴィアがヴァイオラ/シザーリオを口説くのはお屋敷のプールだ。

 このプロダクションの特徴はキャスティングだ。オリヴィアの執事マルヴォーリオは女性のマルヴォーリアになり、タムシン・グレイグが演じている。フェステ(ドゥーン・マッキチャン)も女性だし、フェイビアンはフェイビア(イモジェン・ドール)になっている。わりと意図的にジェンダーセクシュアリティ流動性を加味する演出で、ヴァイオラは大変ボーイッシュで、本当に可愛らしい男の子みたいに見える。最後にオーシーノがうっかりセバスティアンにキスする。

 そしてこのプロダクションを見て思ったのは、女性であるマルヴォーリアがオリヴィア(フィービ・フォックス)に恋をしているという設定にすると、展開が相当深刻になるということである。最初に出てきた時のマルヴォーリアは極めて四角四面な女性で、大きなお屋敷に使えて家政を管理する女性というのはこうあるべきだという固定観念を抱いている…のだが、実はおそらくこれはマルヴォーリアが自分の内面に課している抑圧のたまものだ。ニセの手紙で欺され、憧れていたオリヴィアが自分を好きなのかもと思ってからのマルヴォーリアははっちゃけた華やかな女性に大変身し、オリヴィアの前でバーレスクみたいな歌と踊りでやる気と表現して見せる。マルヴォーリアが上着を脱ぐとオッパイの先に回転する風車が現れるのだが、これはバーレスクでよく見かける仕掛けである。たぶんマルヴォーリアは本当はこういうふうにショーガールみたいに楽しく生きたかったのかもしれないのだが、この大解放は全て裏目に出る。手紙がウソだとわかって裏切られた後のマルヴォーリアがひとりで悲しそうにセットに座っているところは本当に気の毒だ。グレイグはとても喜劇的センスのある女優で、欺される場面がとても可笑しかったせいで、最後にくる悲しみのギャップがすごい。

 一方、この『十二夜』では、他の人物たちもあんまり満足せずに終わってしまう。アントニオ(アダム・ベスト)はひそかに恋していたセバスティアンの結婚でひとりになるし、オリヴィアは結婚した相手がヴァイオラ/シザーリオではなくセバスティアン(ダニエル・エズラ)だと知ってからはあまり嬉しくなさそうな顔をしている。このプロダクションのサー・アンドルー(ダニエル・リグビー)は、まあ賢いとは言えないにせよ楽しい性格でいい人そうなキャラなのだが、大好きなサー・トウビー(ティム・マクマラン)に手ひどく拒絶され、冒頭でオーシーノが抱えていてたテディベアを抱っこしてひとり寂しく帰りのバスだか鉄道だかを待っているところはとてもかわいそうである。このケガしたトウビーが最後にアンドルーを罵る場面は、口の悪いトウビーがいつもどおり酔っ払って暴言を吐いてしょうがないねぇ…みたいな感じで全員さらっと流す演出と、アンドルーがかなりショックを受けて雰囲気が凍り付く演出と、大きく分けて2種類の方針がある。このプロダクションは後者をかなりはっきりやっており、客席からどよめきが起こるくらいアンドルーが明確に衝撃を受けていた。

 このプロダクションで幸せになったのは、たぶんオーシーノとヴァイオラだけである。この上演のオーシーノはかなり色男風で着るものとかのセンスはいいのだが、たぶん人間関係に関してはもともとあんまり賢くない。ただ、オーシーノはふつうに上演するとけっこう嫌な勘違い野郎、あるいは威圧的な暴君に見えることもあるので、このあんまり賢くなさそうにする演出が功を奏して、私が見た中ではかなり感じのいい愛らしいオーシーノになっていると思った。オリヴィアに恋い焦がれているオーシーノはまさに恋でアホになった人で(シェイクスピアの時代には恋というのはあらゆる人の正気を失わせ、アホにするものだと思われていた)、さらにヴァイオラ/シザーリオのことも好きになってしまってどぎまぎしている。しかしながらこのオーシーノは憂鬱になる恋煩いをするタイプではなく、40歳の誕生日パーティでは家中に風船を飾ってみんなにケーキを振る舞っており、陽気にアホになるタイプの恋煩いをする男であるのが良い。このオーシーノは最後にヴァイオラが女の子だと知って、あからさまに嬉しそうな顔をして'Yes!'とか言うのだが、このプロダクションの一番の勝者は、お好みのボーイッシュな女性と結ばれたオーシーノだ。