すごくよくできているが、1点気になる~劇団チョコレートケーキ『治天ノ君』(配信)

 劇団チョコレートケーキ『治天ノ君』を配信で見た。2019年の上演を撮影したものである。

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 貞明皇后節子(松本紀保)を狂言回しとして大正天皇(西尾友樹)を人間として描くものである。父である明治天皇(谷仲恵輔)からは父と呼ぶなと言われて厳しく躾けられ、息子である昭和天皇(浅井伸治)は父子の情に悩みつつ祖父である明治天皇を模範としている。教育係で兄貴分として慕っていた有栖川宮威仁(菊池豪)が退任してからは妻以外に頼れる者もあまりいなくなり、孤独になる。もともとあまり丈夫ではなく、後年に病気をすると皇太子(のちの昭和天皇)を摂政につけようとする露骨な大正降ろし工作が始まる。

 

 いわゆる宮廷政治を大変丁寧にしっかり描いた戯曲で、こういう芝居を日本で作れるのはすごいことだと思う。あまり注目されず、在位期間も短くて蒲柳の質というイメージが強い大正天皇をとりあげるというのも珍しく(原武史大正天皇』がヒントらしい)、賢い政治家とは言えないものの、それまでより開かれた家庭的な皇室像を目指していた大正天皇の先見性を再評価するというのも面白い。歴史修正主義などへの目配りもある。大正天皇が若い頃から脳の病気だったというイメージを与えるような病状発表が出た際、皇后が若い頃は国民の前によく姿を現して比較的健康で明るい振る舞いをしていたのに夫は皆からずっと脳の病気だったと思われることになるのだろうか、と問うと侍従の四竈(岡本篤)が人の記憶なんてすぐ書き換えられるものだから、と答える。ここはなかなか現代史の重要なポイントをついているようで含蓄がある。

 

 そういうわけで日本の政治を扱った非常に面白い芝居であることは間違いないと思うのだが、一方でひとつ気になったのが、家父長制と大正天皇が目指す家庭像の関係だ。大正天皇を苦しめているのは明らかに家父長制なのだが、そのオルタナティヴとして出てきているのが市民的な家庭像…というか、夫婦和合して子供を育てるおおらかな家庭というモデルである。これは一見、古いタイプの家父長制からは脱しているように見える一方、狂言回しである皇后節子の夫に対する絶え間ない献身によって成立するという点では、完全に新しいものとは言えない。大正天皇権威主義的な夫ではないのだが、それでも良妻賢母である節子によってあまり賢いわけではない夫の家長としての地位が担保されることが重要なのである。この芝居は家父長制と男性らしさについての問い直しを含んだ作品ではあるのだが、一方で大正天皇夫妻が提示しているモデルもある種の家父長制であることは問われていないと思う。まあこれはそこに突っ込んでいく作品ではないのでこれはこれでいいと思うのだが、もし今後、日本の芝居で天皇制に関するものが作られるとしたら、ここを掘り下げたらいいのじゃないかと思った。