ニュアンスに富んだ演出~ストラトフォード・フェスティヴァル『リア王』(配信)

 ストラトフォード・フェスティヴァル『リア王』を配信で見た。アントニ・チモリーノ演出で、2014年の上演を撮影したものである。 

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 ルネサンス風の衣装を使ったオーソドックスでシンプルな上演だが、あまり善悪がはっきりしないニュアンスあふれるキャラクター作りと丁寧な演出で仕上げている。リア(コルム・フィオール)はかなり横暴な父親で、元気な時はそんなに人好きのしない王様だという印象を与える。 しかしながらこんな困った父親だったリアが、娘2人に捨てられたことを理解して泣きながら怒りと悲しみをぶちまけるところは大変ドラマティックで同情を誘う。『リチャード二世』のリチャードなんかもそうだが、リアはたぶんあんまり賢い王様ではないものの、その悲しみは共感を呼ぶところがある。コルム・フィオールが笑わせるところは笑わせ、悲しい場面はとことん悲しいリアを大変うまく演じていて、この演技だけでも見る価値はある。

 リアの3人娘の上2人は悪女のように描かれることが多いのだが、この上演ではけっこう複雑だ。とくにゴネリル(メーヴ・ビーティ)は最初はとくに激しい悪意があるわけではない真面目そうな女性で、口ではちょっと四角四面なことを言ってはいるものの父に捨てられたコーデリア(サラ・ファーブ)の手を握って送り出すなど、姉として妹たちのことを心配しているように見える。しかしながらリアに子供が生まれない不幸な妻になればいいというようなひどいことを言われた際にはあからさまにショックを受けたという表情をしており、これを機に父親をひどく恨むようになったように見える。ひどいことを言われた後にリアとあった時のゴネリルの冷たい顔は、父親に対する愛情がすっかり冷めてむしろ憎悪を感じるようになったことを示していると思う。

 また、エドガー(エヴァン・バリアング)は通常のプロダクションでは真面目人間みたいに作ることが多いのだが、この上演のエドガーは酒を飲みながら若い女性とふざけつつ弟の前に出てくるという遊び人で、なんだかずいぶんと頼りなさそうなチャラ男である(演劇のチャラ男キャラには感じが良くて楽しいタイプもいるが、このエドガーはただただ頼りなさそうだ)。こうするとけっこうエドガーが世慣れた男に見え、その後の機転を利かせたサバイバルにも説得力が出るし、陽気に騒ぐのが好きそうな家臣が多いリア王の一派と近しいように見える。また、軽薄に生きていた男が大変な苦労をして成長するというような波乱のある展開にもなる。エドガーが出てくるところはけっこう笑えるところ多く、リアがトムこと佯狂のエドガーに会うところは大変ブラックユーモアが効いている。ちなみにエドマンド(ブラッド・ホッダー)もけっこうこのプロダクションではいろいろ笑いをとるところがあるので、どうやらグロスターはあまりぱっとしない父親だが、息子たちはユーモアのセンスのある兄弟に育てたらしい。