井戸の上のサロメ~ウィーン国立歌劇場『サロメ』(配信)

 ウィーン国立歌劇場の『サロメ』を配信で見た。シュトラウスのオペラで、2020年1月24日に撮影されたものである。ドイツ語上演で、日本語を含めた各国語の字幕がつく。

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 セットや衣装は古代ユダヤの宮廷を模した豪華なものだ。中央右寄りにヨカナーンが監禁されている井戸の蓋があり、左側に一段高くなっているところがある。床にも装飾の絵が描かれているなど、手の込んだセットである。この装飾は照明が落ちた時でもよく見えるような塗料で描かれており、終盤のサロメのドレスの模様とも対応するものになっていて、後ろ暗いことの多そうなユダヤの宮廷でひとり輝いている、美しくて純情すぎるサロメによく似合うものになっている。

 この井戸の位置はなかなかよく考えられており、演出でも上手に使われている。井戸から出てきたヨカナーン(ミヒャエル・フォレ)がサロメ(リセ・リンドストローム)の顔を見ないまま、改悛を説きながら後ろから相手に触るところとかはけっこう官能的な演出だ。サロメが踊るところでは、サロメが井戸の蓋の上に立ち、脱いだヴェールのうちの1枚を井戸の蓋の隙間からヨカナーンがいる中のほうに落とすという振付がある。ここはサロメの恋情がよく出ていており、姿の見えないヨカナーンに対する最後の誘惑になっている。

 ただ、ここ以外のダンスは全体としてちょっとうまくいってないところがあるように見える…というのも、サロメがヘロデ(ヘルヴィック・ペコラーロ)を意図的に誘惑するみたいに踊っていて、ちょっと媚びた感じがする。サロメは義父のヘロデから性的虐待を受けているわけであって、踊るのはヘロデのためではなくヨカナーンのためなんだから、ダンスの最中にはヘロデにはもっと冷たい態度をとるのでいいと思う。

 リンドストロームサロメは、朗々と歌い上げたかと思ったらふつうのオペラの歌とは全然違う種類の声を使って叫んだり、感情表現が豊かでとても良かったと思う。あと、このプロダクションでちょっと面白いと思ったのは、ヘロディアス(ヴァルトラウト・マイヤー)がヨカナーンに対して相当に怯えていることだ。ヘロディアスは全然怯えていなくて図々しい態度でヨカナーンを疎んじているという演出もあり得ると思うのだが、この上演のヘロディアスはヨカナーンの糾弾が相当こたえているみたいで、歌い方にしても仕草にしても、けっこう怖がっている様子である。