おとぎ話と見せかけた少しシビアな大人のロマンス~ロイヤルオペラ『サンドリヨン』(配信)

 ロイヤルオペラが配信している『サンドリヨン』を見た。マスネのオペラで、ベルトラン・ド・ビリー指揮、ロラン・ペリーが演出と衣装デザインをしたものである。

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 台本はペロー準拠で、ロッシーニの『チェネレントラ』に比べるとおとぎ話っぽく、単純だ。『チェネレントラ』ではチェネレントラとラミロ王子が舞踏会の前に会っていたが、サンドリヨンことリュセット(ジョイス・ディドナート)は王子(アリス・クート)と舞踏会で初めて会って一目惚れする。妖精の代母(エグリーゼ・グティエレス)も出てくるし、ガラスの靴も登場する。

 一方、わりとシビアな展開もある。リュセットの父親パンドルフ(ジャン=フィリップ・ラフォン)は生きており、栄達を狙って身分のある女と再婚した結果大失敗し、意地悪な後妻にないがしろにされ、娘を守れなくなっているという大変ダメな父親だ。こんなダメ父パンドルフなのだが、舞踏会の後で意を決して、娘を虐待から守るため家を出て2人で田舎に帰ろうと言い出しており、けっこう深刻な離婚の話になりかける。その後でひとりになったリュセットは、父親にも迷惑をかけたくないし自分は失恋で傷心がひどいからというのでひとりで家を出ようと決意しており、どうも舞踏会に出席したことで世間を恐れる気持ちがなんだかんだで減ったのか、序盤より大人になっているように見える(その後突然えらくシュールな魔法展開になるのでびっくりだが)。リュセットはこの作品の中で比較的成長しているように見える。

 全体としては、音楽による肉付けでだいぶ大人っぽい話に見えるようになっている。第2幕の冒頭では王子は宮廷生活に疲れて非常に憂鬱そうである一方、ダンスの音楽はユーモラスな感じで、パーティと孤独が上手に対比されている。初めて二人きりになり、王子が情熱的にリュセットを口説くところは非常にロマンティックだ。さらに舞踏会が終わった後、こっそり帰宅したリュセットが片方だけ残ったガラスの靴を撫でながら、今から日常に戻らなければいけないという決意を歌うところは、虐待されているヒロインの諦めと強さとでもいうようなものを両方表現するような歌になっている。

 セットはあまり物を置かずに空間を広く使うものだが、三方が文字の書かれた本みたいな壁に囲まれており(ペローの「サンドリヨン」のフランス語版だと思う)、このお話がおとぎ話だという枠をはっきり示している。見た目はだいぶ違うが同じような発想の美術をアイリッシュナショナルオペラの『チェネレントラ』も採用していたので、たぶんシンデレラみたいな古めかしいおとぎ話はこういうセットのほうが効くというアイディアをクリエイターのほうがけっこう共有しているのだろうと思う。

 ペロー準拠だと平板で古くさい話になりそうなところものだが、音楽を使ってリュセットやパンドルフのキャラクターがきちんと肉付けされており、気の利いたセットや衣装、またリュセットを演じるジョイス・ディドナートの歌と演技で、笑いもホロリとするところもあるロマンスものになっている。妖精の代母がやたらしっかりした感じで、代母の差配で最後がしまるあたりもいい。