これは町おこし映画としては最高レベルのクオリティなのでは?~『his』(ネタバレあり)

 今泉力哉監督の映画『his』を見てきた。前日譚としてドラマがあるそうなのだが、そちらは未見である。

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 舞台は岐阜の白川で、移住事業で都会から移ってきた迅(宮沢氷魚)のところにかつての恋人である渚(藤原季節)が娘の空を連れて転がり込んでくるところから始まる。渚はしばらく主夫をしていたのだが、今は妻との離婚問題で、仕事やしっかりした生活の拠り所が必要なのだがそういうものが無い。大迷惑の迅だが、だんだん2人はよりを戻していく。

 ゲイ男性のロマンス…というか焼けぼっくいに火がついてなしくずしに昔の恋が戻ってきてしまう様子を描いた生活感ある恋愛映画である。お話については既に英語圏の映画やドラマではずいぶんとりあげられてきたようなところも多いが、日本で同性愛者カップルの子育て、しかも片方が主夫でずっと子育てしていたというような場合がとりあげられるのは珍しいと思うし、その点は画期的だ。渚の妻である玲奈(松本若菜)がこの手の映画にしては薄っぺらくなく、疲れて酒を飲んで寝てしまうような母親はダメ、みたいなステレオタイプな描き方になっていないところも良い。また、弁護士役の戸田恵子は『マリッジ・ストーリー』のローラ・ダーンに対抗できる迫力である

 しかしながら、私がこの映画が画期的なのでは…と思ったのは、たまにちょっとやや描き込みが浅く見えるような展開もあるゲイ男性のロマンス映画という方向性よりは、むしろ町おこし映画としての方向性だ。町おこし作品としてはすごくクオリティが高いんじゃないかと思う。白川町の協力で作られた映画なのだが、そもそもこの手の地域振興映画でありふれた地方活性ネタみたいなのではなく、生活感あるゲイ男性の子育てを取り上げようというような方針は野心的だと思う。ところどころに地元の風物が出てくるのだが、あんまり押しつけがましくない感じで出てきてちょっと行ってみたい気にさせるところがあり、いわゆる観光映画っぽい派手な魅力がないわりに趣がある。これは町おこし映画としては大変よく考えられているのではないかと思った。

 この手の映画としては地域の人たちの描写がやたらリアルなのだが、一方で嫌な感じ一歩手前のところで押さえて、全体的としては丸くおさめることで白川に対するイメージが悪くならないようにしているあたりがうまい。空にやたらと麻雀を教えているばあちゃんがいるのだが、私の田舎にもこういうばあちゃんがいて花札を私に教えてくれた覚えがあり、このあたりの書き込みがずいぶん細かい。終盤のヤマで、お世話になった猟師の緒方のお通夜で迅がカミングアウトし、その後このばあちゃんが「この年になったら男も女も関係ない」というようなことを言ってその場が和んでしまうところがある。ここで「男も女も関係ない」みたいなことを言ってうやむやにするのはちょっと問題の根本的な解決になっていないのであまり良い展開ではない気がする一方、このばあちゃんの描写はえらく真に迫っている…というか、私もまさにこういうことを言いそうなばあちゃんを子供の時に知っていたので、リアルさにちょっと驚いた。これ以外にも、わけありでも若者で子連れなら移住大歓迎とか、田舎の身も蓋もない事情があんまり不愉快じゃない感じでいろいろ出てくる。